チッ……チッ……チッ……。
目覚まし時計の秒針が時の流れに合わせ、一定のリズムを刻む。
あと僅かで長針がちょうど真上を指そうとしている。
チッ……チッ……チッ……カチッ。
『あさー あさだよー あさごはんたべてコミックＺにいくよー』
玲子の部屋に、目覚まし時計から流れるある種定番なメッセージが響く。
この目覚まし時計、玲子の誕生日を祝い３人娘から贈られた物だったりする。
聞けば、元々は単なる音声録音可能な目覚まし時計を贈るはずだったらしい。
しかしそれを見た美穂が『てゆーかアレを録音しなきゃ嘘でしょ』とか言って例のメッセージを録音したそうな。
ちなみに告白バージョンもあるということだ。
一度聞いてみたいものである。
―――ともあれ、玲子にとって少し特別な一日が幕を開けようとしていた。
同人戦隊コミレンジャー外伝 ２nd. 〜突然の来訪者〜
――One day after an incident
目覚まし時計を止め、眠い目を擦りながらカーテンを開ける。
澄み渡る青空に浮かぶ太陽は心なしかいつもより元気に輝いているようだ。
紫外線がーとか考えつつ、邪魔な眠気を吹き飛ばすべく顔を洗う。
続いて歯磨き。
さらに朝食。
ついでにトイレで新聞。
いわゆる朝の準備を済ませて身支度を整えた玲子は、勢いよく玄関のドアを開けた。
アスファルトの照り返しが玲子を襲う。
「まぶしっ！」
あまりの眩しさに、玲子は目を瞑って歩くことにした。
ぐきっ。
小石を踏み、軽く足をひねった。
「…………」
諦めて目を開けた玲子は、太陽にも負けない元気な足取りで歩きだす。
目指すは、皆の待つコミックＺ―――。
カリスマンの襲来から２週間。
あの日、和樹に抱えられコミックＺに戻った玲子は、すぐさま医療班による治療を受けた。
外傷自体は大したものではなく、特に入院の必要もなかった。
問題は奪われたコミックパワー。
こればかりはコミックＺの医療班とはいえ、奪われたからハイ補充しましょうというわけにはいかない。
結局、自然に回復するのを待つしかないのである。
そんな訳で、南は玲子に２週間の自宅療養を命じたのだった。
しかし、だからと言って黙って家で寝転がってる玲子ではなかった。
本屋やレンタルビデオ屋、アニメショップや同人ショップの散策。
可愛い制服で有名なファミレス巡り。
新作コスの元ネタとなる格ゲーのやりこみ。
その衣装作りと素材集め。
普段やりたくても時間の都合でなかなか出来なかったことを、ここぞとばかりにまとめて楽しんだのだった。
ちなみに大学は自主休講。
本人曰く、『遊んでるんじゃないのよ。コミックパワーを復活させるには萌える心が大切だから仕方な〜く、ね』だそうだ。
……別に大学は行けると思うが。
「……と、言うわけです。どうもご心配おかけしました〜」
コミックＺに着いた玲子がまず向かったのは司令室。
真紀子と南にこれまでの報告をするためだ。
「いえいえ、元気になられたようで安心しました。その調子なら明日からお仕事できそうかしら？」
「はーい、だいじょぶでっすぅ〜☆」
いつ見ても癒される微笑みを浮かべる南に対し、それに負けないくらいの笑顔とＶサインで答える。
「それは頼もしいわね。でも念の為にもう一度だけ検査を受けてもらうわ。相手が相手だけに後遺症等が無いとは限らないから」
真紀子は慎重な姿勢を崩すことなく次の行動を指示する。
「はい、了解しましたーっ！」
ビシッと敬礼のポーズを取ると、玲子は２人を残し司令室を出ようとする。
「……ちょっと待って」
真紀子は扉をくぐろうとする玲子の背中を見て思わず呼び止めた。
「？ なんですか、司令？」
振り返り、小鳥のように小首をかしげる玲子。
「……いえ、出てきたばかりで悪いのだけど、事件の報告書を提出するように。今週中にね」
「はーい、重ねて了解しましたーっ！」
再び敬礼し、玲子は部屋を後にした。
「…………」
玲子が出ていった扉を真紀子は訝しげな視線で見つめていた。
「……どう思う、南？」
「うーん、結局聞いてきませんでしたね、玲子さん。少し意外でした」
「彼女の性格なら最初に聞いてきそうなものなのにね。何かあったのかしら？」
「さぁ……特に耳にはしていませんけど？」
ふぅん、と声を漏らし、真紀子は椅子の背もたれに体を預ける。
椅子が後ろに若干傾き、ギシッと音を鳴らす。
「―――しかしあなたも大したものね。私の方が我慢できなくなりそうだったもの」
「それは先輩が優しいからですよ。たぶん先輩ご自身が思っている以上に」
「……何言ってるのよ」
ふっ、と南とは逆方向を向く真紀子。
その顔はほんのり赤かったりする。
「あらあ？ 先輩、もしかして照れてます？」
「そ、そんなことないわよ！」
「あー！ やっぱり照れてるんですねー。 先輩ったらかわいいー♪」
「！？ こ、こら、調子に乗るんじゃない！」
「きゃー！ 先輩が怒ったー♪」
きゃあきゃあ言いながら逃げる南と、それを追う真紀子。
こんな緊張感の抜けた２人のやり取りが割と好きだったりする。
真面目な展開じゃ見れないのが難点かも。
医務室で簡単な検査を終えた玲子。
それをドアの真ん前で待ち構えていた３人娘。
それこそ取って食わんばかりの勢いで、開いたドアから現れた玲子を包囲する。
「やーん、玲子久しぶりー！」
「私たち心配したんですよ〜、何の連絡も無いんですから」
「そーだそーだ、電話の一本くらいよこすべきだー！」
どこぞの三連星のようなお決まりの連続攻撃を食らい、玲子は思わず後退った。
「や、やっほ〜、おひさ〜……」
久しぶりの嵐は玲子の笑顔を軽く引きつらせる程度に衝撃的だったようだ。
玲子がコミックＺへ足を運んだのが２週間ぶりだったように、彼女が美穂、夕香、まゆの３人に会うのもまた２週間ぶりだった。
リーダーの抜けたチームＩＫＫＡＴＵ。
当然大きな作戦行動をとることはできず、事実上チームとしての活動は休止していた。
では、残された３人娘はその間何をしていたかと言うと……。
「でさ、これがひどいんだよ〜」
「そうそう、聞くも涙語るも涙ってね」
場所を休憩室に移し、３人娘のマシンガントークは続いていた。
円卓を囲む４人の手には、お茶やコーヒーなどの缶ジュースが握られている。
「玲子がいないからあたしたちもお休み貰えるのかなーって思ってたらさ」
「司令ってば『人手が足りないから』の一言でボクたちをあちこちに駆り出すんだよ〜」
「さながら雑用係のようでしたわ……」
「そうよ！ 何であたしたちが荒れた公園の整備をしなきゃならないっての！？」
「子供には指差されるしさ〜」
「『ママ、あれなにしてるの〜？』『しっ！ 見ちゃいけません！』と言うのが聞こえてきたときには視界が涙で霞んだものです」
「それに何？ 用が無ければ無いで、コミックＺでずーっと待機させられるしさー！」
「軟禁だよナンキン！」
「大学が終わり次第寄り道せずにここに来て、あとは黙って時が過ぎるのを待つ……割と苦痛でした」
「つーかさ、玲子が休養に入ってからの方が忙しくなったってのはどーよ？」
「労働基準法違反だー！ 我々はダンコ抗議するー！」
「ついでに労働環境の改善も訴えちゃいましょうか〜」
まるでドンッとビールのジョッキをテーブルに叩きつけるかのように、３人娘はぐいっと飲み干した缶を力強く置く。
ただしあたりに響いたのは、カーンというダメ出しを思わせる情け無い三重奏ではあったが。
「あ、あはは……」
玲子は笑った。笑うしかなかった。
勢いに押されたということもあるが、もう一つ気まずい理由があった。
彼女の視界にある監視カメラ。
いつもは常に動いて部屋中を監視しているのだが、さっきから３人娘の方を向いたっきりピクリとも動かないのだ。
この調子だとたぶん集音マイクもあるんだろうなーという愉快な予感は隅に置き、手にしたコーヒーの缶をくいっと一飲みする。
「―――それはそうと、さ。もう体の方は大丈夫なの、玲子？」
一転して心配げな顔を見せる美穂。
玲子はそれを安心させるかのように、手をヒラヒラと振りながら答える。
「あー、それならもう全然へーきよう。しっかり休ませてもらったからね〜♪」
「でもさ〜、あのカリスマンが相手だったのに、よくおっきなケガもなく無事に戻ってこれたよねぇ」
「ん〜、そのことなんだけど、実はあたし自身よくわかんないんだよね」
「？ と言いますと？」
「うん。カリスマンにビビビーッってやられてからのことはあんま覚えてないの。気ぃ失ってたのかな？」
あはは、と困ったような笑顔を玲子は浮かべた。
加えて誰があたしを運んだんだろうねぇ、と頭上に？マークを浮かべる。
「玲子を運んだ人ですか……聞いた話だと何でもここの諜報員の方らしいですよ」
「でもどんな人なのかは謎なんだよねー。ボクたちが南さんに直接聞いたときには『ヒミツです♪』で済まされちゃった」
「ここっていろんな人がいるみたいだし。まだ見ぬ誰かがあたしたちを待っている！ ってね」
「……ふ〜ん、そうなんだぁ。一度会ってお礼がしたかったけど、それじゃちょっち難しいかな？」
残念そうな表情を浮かべ、コーヒーをもう一口。
そんな玲子をよそに、まゆが思い出したような声を上げる。
「そうそう、いろんな人って言えば、ボクたちおもしろい人に会ったんだよ。正確に言えば人じゃないんだけど」
「ああ、メイドロボのこと？」
「メイドロボ？ なにそれ？」
玲子が不思議そうに尋ねると、夕香は待ってましたと言わんばかりにメガネの奥で目を光らせた。
これまで主に格納庫での整備及びサポートとして活動していた為、玲子たち４人がメイドロボを目にすることはほとんど無かった。
しかしそこは知的好奇心旺盛な夕香。
暇を見てはメイドロボを見に格納庫へ足を運んでいたのだ。
お手伝いに来てくれたんですか、という鈴香の声をひたすらかわしながら。
「―――というわけで、あらゆる面から考察した結果、彼女たちは極めて人間に近い存在と言えるのです！」
「はぁ、そーなんですか」
長々と続いた夕香の講釈が終わり、玲子はうなずいた。
何だか難しい話が並べられていたが、要するにメイドロボは人間そっくりだということが言いたかったらしい。
それを理解した玲子は、話の中から新たに小さな疑問点を見つけた。
「ところで『彼女たち』ってことはさ、メイドロボって女の子だけなの？ ん、男の子だとメイドとは言わないのかな？」
何気なく発せられた疑問。
しかし、その言葉を聞いた３人娘は顔を見合わせると、何故かそろって怪しい笑みを浮かべて玲子ににじみ寄った。
ああ、余計なこと言わなきゃよかった、と玲子はちょっち後悔したりした。
「ふっふっふ……知りたいかね、玲子クン？」
「情報料は高くつきますよー？」
「……お金とるの？」
「ものの例えです」
「ボクは明日のお昼ご飯で手を打つよ」
「あ、あたしもそれでいいや」
「私も問題ありません」
「むー……」
結局お金かかるんじゃんとか思ったが、あえて口にはせずに玲子はコクリとうなずいた。
「よし、契約成立！」
「おっけー。じゃあじゃあ、心して聞きなさいよ。昨日あたしたちがメイドロボを見に行った時の事なんだけど、その時―――」
「―――お話中のところ失礼いたします」
美穂の話を遮るように現れた人影。
それは一人のメイドロボだった。
髪が長く、表情はキリッとしたタイプで、服装は作業着ではなくメイド服。
彼女は４人から２、３歩離れたところで深々とお辞儀をしていた。
「おっと、噂をすればなんとやらってね。どしたの、何か用？ いまいいとこなのよねー」
「―――申し訳ありませんが南博士からの伝言で、美穂さん、まゆさん、夕香さん、至急司令室まで来るように、とのことです」
「司令室にですか？ 一体どういった用件なのでしょう？」
「―――はい。皆様と仕事のあり方について是非話し合いたいそうです」
「…………」
さぁっと一斉に血の気が引いた３人娘。
なにやら言いたいことがあったようだが、ここで何をしても無駄と悟ったのか、３人そろっておとなしく席を立った。
「……じゃあ、話はまたあとでということで……」
「うん……気を落とさないでね」
「がんばってみるよ……」
ガクリと肩を落とした３人娘は、先を行くメイドロボの後を一列に並んでついて行った。
その光景は某ＲＰＧのパーティーを思わせる。
まぁ、全滅して持ち金半分になった惨敗パーティーにしか見えなかったが。
心地よい風が玲子の傍を通り過ぎていく。
休憩室に一人残された玲子は、気持ちよい日差しを楽しむべく、コミックＺのある来栖川印刷本社ビルの屋上へと足を運んだ。
玲子は一人になりたいとき、よくここでぼんやりしたりしていた。
普段はほとんど人の来ない場所。
この日も例外ではなく、見渡した限り他に人影はなさそうだ。
「ふぅ……」
フェンスに寄りかかり、一息。
ぼーっと街を行く人や車の流れを眺める。
と、その時。
玲子は僅かだが背後に人の気配を感じ取った。
「―――誰？」
「……まいったな。こんなあっさり気づかれたのは久しぶりだよ」
防火用の水の入ったタンクの陰から男が姿を現す。
それは玲子にとって見知った顔。
「千堂クン……」
「や、久しぶり」
「いいの？ こんなところに出てきて。誰か来たらどうするの？ みんなに見られたらまずいんじゃなかったっけ？」
和樹は質問に答える代わりに、人差し指で鍵の束をくるくると回してみせた。
玲子の横に並び、同じようにフェンスに体を預ける和樹。
二人は顔を合わせず街を眺めながら静かに言葉を交わす。
「しかし、よく俺がいるのがわかったね。確かに完全に気配を消しはしなかったけど、それでも前より鋭くなったんじゃないかな？」
「ううん、そんなんじゃないよ。ただ、最近ちょっち人を探してたから、そのせいで敏感になってるんだと思う」
玲子の探し人。
それは今日玲子が会った誰もが口にしようとし、口にしなかった名前の男の子。
「あたしね、毎日探したんだ。商店街とか、ファミレスとか―――公園とか。彼が来そうな場所で一日中待ってたりした。
でも彼は来なかったの。どんなに待っても来なかったの」
「…………」
和樹は悟った。
『彼がもう現れることはない』という事実を受け止めていることを。
「玲子ちゃん、君は―――」
「千堂クン」
何かを言おうとした和樹を遮るように、玲子は少し強めに和樹の名を呼んだ。
「あのさ、あたしをコミックＺに運んでくれたのって千堂クンでしょ？」
「……ああ、そうだよ」
「やっぱね〜。夕香から話聞いた時、きっとそうなんだろうなーって思ってたんだ〜」
ここで初めて玲子は和樹の顔を見た。
ニヤリと悪戯な笑みを浮かべて。
「……あたしが気を失ってる間に、えっちなこととかしてないでしょうねぇ？」
「な！？ 何てこと言うんだよ玲子ちゃん！」
「にゃははは☆ 冗談じょーだん！ それじゃあたし、もう行くね」
ぴょんと跳ねるようにフェンスから遠ざかる。
そして玲子は笑顔で言った。
「ありがとね、千堂クン！」
あまりに元気な。
あまりに可愛い
そして、あまりに悲しみにあふれた笑顔で―――。
そんな顔を見せられては、そのまま黙って見送ることなど和樹には出来るはずもなかった。
彼は軽いため息の後、屋上の出入り口に向かう玲子を呼び止める。
「玲子ちゃん！」
声をかけられ振り返る玲子に、持っていた鍵の束を放り投げる。
玲子はそれを慌てて受け止める。
「わっ！？」
「忘れ物だよ玲子ちゃん。それがないと下には戻れないからね」
「あ、そっか。ドアに鍵かかってるんだっけ」
手にした鍵の束を珍しそうに繁々と眺める玲子。
一方和樹は、いかにも思いつきましたというようにお願いをする。
「あ、そうだ。ついでにその鍵の束、鈴香さんに返しておいてくれないか？ 南さんから返すように頼まれたことにして」
「南さんから？ ……キミってばいろいろ大変なんだね〜。おっけー、了解でっす☆」
それじゃね、と一言残し、玲子は地下にあるコミックＺ本部へと戻っていく。
その後ろ姿を見つつ、和樹は小声で呟くように言った。
「……これで約束の半分は果たしたかな？ それじゃ、あとの半分は本人に任せるとしよう」
鍵を片手に玲子は格納庫への通路を歩く。
途中何度かメイドロボとすれ違う。
結構たくさんいるもんなんだね〜。
そんなことを思ったりする。
そして玲子は格納庫のゲートの前で立ち止まった。
「ごめんくださーい！ 鈴香さんいますかぁ〜？」
開きっぱなしのゲートから中に入り、辺りを見回してみる。
しかし鈴香の姿は見当たらない。
代わりに、何事かと訪問者に視線を送るメイドロボらしき人影が数体。
だが彼女らはすぐに自分の仕事に戻る。
―――ただ一人、じっと玲子を見続ける人影を除いて。
「……へ？」
玲子はふと人影と目が合った。
同時に思わず我が目を疑い、体が固まる。
「―――うそ！？ なんで！？」
玲子が自分に気づいたことを確認し、人影は小走りで近づいてくる。
「そんなはず―――そんなはずない！ なのに……」
否定しようとする玲子の言葉をさらに否定するように、見間違いようの無い人影が玲子の前で立ち止まった。
「なんで翔クンがここにいるのよ〜っ！？」
驚き全開な玲子の前で、翔は素直に再会を喜んでいた。
「玲子さん、久しぶり……かな？」
「え？ ほんとに翔クンなの？ え？ なんでここに？ ってそれより、あたしってばてっきりキミはあの時―――」
と、そこまで言いかけて玲子はやめた。
出来れば口にしたくない言葉だったからだ。
しかしその後を引き継ぐように、翔自らが続けた。
「僕が死んだと思った？」
「―――！」
図星を衝かれ一瞬言葉に詰まる玲子。
だが翔が平然としているのに自分だけがわたわたしているのが何だか変なカンジだったので、玲子も努めて平静を装った。
「ま、まぁ、そんな感じだけど……でもでも、今ここにいるってことは大丈夫だったんだね？」
「ううん。確かに僕はあの時消えたはずだよ」
「ふぇ？ どーいうこと？」
「それが自分でもよくわかんないんだ。目覚めた時にはここにいたし、その前のことは全然覚えてないし」
「ふ〜ん。でもあたしのことは覚えてるの」
「うん」
「なるほど。何だか不思議ねぇ」
玲子は全然納得してないが、なんとなく納得したフリをしてみた。
「……ただね。一つだけ自分の体に何が起こったのかわかってることがあるんだ」
「ほほう。なになに？」
「それは、この体が機械のモノだってこと。ちょうどその辺にいるメイドさんたちと同じ様に、ね」
「―――はい？」
自分の胸に手をあてメイドロボを見る翔の言葉は、玲子の想像の上を軽々と超えて行った。
玲子は頭の中で理解を試みる。
―――え？ なに？ 翔クンがロボット？ どういうこと？
確かにあれよね、メイドロボさんってしゃべったり働いたりであたし達とあんま変わらないんだよね。
だけどさ、いきなり身近にいた人に「自分、ロボットです」って言われてもねぇ？
そんなの「はいそうですか」とはいかないって。
もぉ、わけわかんないよぅ。
……失敗したようだ。
「……メガネのお姉さんに言われたんだ。『その体は最高の技術と最高の思いで創られてるんですよ。大切にしてくださいね』って」
「―――あ〜、あ〜、あ〜。南さんねぇ。なんとなく納得。ここだったら何でもアリって気もするしぃ〜」
『南さん』の一言で済ます玲子。
それだけ南は謎多き女性なのだった。
「それでね、機械の体の維持とかしなくちゃならないから、これからはここで生活するんだって」
「へ〜、やったじゃんよぅ。これであたし達の仲間ってカンジかな？」
「そ、そうなのかな？」
「そーよう☆ でもいろいろ大変そうだねぇ、これからいろいろと」
「まぁね。でも全然不満はないよ」
翔は視線を下げ、自分の体を見つめた。
そして顔を上げた翔の表情に迷いのようなものは見えなかった。
「コミックパワーで生まれて、お次は機械の体。どっちにしろ人間みたいでちょっと違う。何だか可笑しいね？」
そう言うと、翔はまるで他人事のように笑った。
その笑顔が素直で素敵だったから。
「ん〜、結局いろいろわかんないけど、まぁいいや☆」
疑問は横に置いといて、目の前の事実を拾い上げて。
玲子は右手を差し出して。
満面の笑みで。
「おかえり、翔クン！ そして、ようこそコミックＺへ！！」
「あ……うん！」
握手をしつつ見た玲子の笑顔。
それを見たとき、翔は心の奥で何かが達せられたような感覚に襲われた。
そして浮かび上がる一つの言葉。
―――かつての自分が伝えた最期の願い。
『僕の願いは―――玲子さんがいつも笑顔でいられるように……』
【True End】