玲子はその場に座り込んだ。
慣れない力の使い方に、体の方がついていけなかったのかもしれない。
同時に玲子は自分の限界を感じていた。
今の自分に出来る最大限の攻撃。
これが通用していなければ―――。
「――ふ……ふふふ……ふははははははははっ！！」
巨大な炎の塊の中から響く高らかな笑い声。
声の主は言うまでもない。
「いいぞ……力の使い方に目覚めたばかりにしては十分パワーだ。弱者と言う言葉は訂正しよう！」
体を包んでいたマントを勢いよく翻す。
と、同時に、竜巻に吹き飛ばされたかの如く炎が一瞬にして消え去った。
「―――合格だ。貴様のその力、吾輩が貰い受ける」
同人戦隊コミレンジャー外伝 ２nd. 〜突然の来訪者〜 終章
カリスマンは氷のように冷たい視線を玲子に突き刺しながら、一歩一歩踏みしめるように歩き始めた。
その歩みはゆっくりとしたものだったが、初めて見せるカリスマンからのアクションを前に、玲子はその身が固まるの感じた。
圧倒的な威圧感―――。
ここにいてはいけない。
生物としての本能が、そう告げているかのようだった。
「少しのヒントと切っ掛けからここまでのパワーを見せるとはな……」
カリスマンが一歩足を進めるたびに、玲子の体は動くという行動が否定されていくような感覚に襲われる。
手足は震え、汗がほほを伝い流れ落ちる。
「流石、吾輩が以前から見込んでいただけのことはある……」
それでも玲子は残された力を振り絞り、何とか立ち上がる。
しかし両足はまるで地面に張り付いたかの如く動こうとはしない。
「誇りに思うがいい」
カリスマンは動くことの出来ない玲子の目の前で歩みを止めた。
右手をゆっくりと伸ばすと、その手で玲子のほほをやさしく撫でる。
いくら手を払いのけようと思おうとも、すでに玲子の体は自らの意思に応じなくなっていた。
「世界を手中に収める、我が偉業の一端を担えることを―――」
にいっと口の端を吊り上げ、狂気にも似た笑みを浮かべるカリスマン。
ほほに添えていた右手で玲子の顔を鷲掴みにすると、そのまま彼女の体を右手一本で高々と持ち上げた。
玲子の両足が宙に浮く。
「くぅ……」
苦悶の表情を浮かべる玲子。
僅かに自由を取り戻した両手でカリスマンの手を引き剥がそうとするが、その行為は抵抗と言う言葉を意味しないほど無力であった。
そしてカリスマンの口は最後の言葉を紡ぎだす。
「―――スピリチュアル フレンドリィ」
「きゃあああっ！！」
電流が全身を駆け抜けたかのような衝撃に玲子の体がビクリと硬直する。
しかしそれも一瞬の事。
「……あ……あああ……」
すぐに玲子の体を強烈な脱力感が襲う。
指の先まで体中全てから力が抜け、吸い取られていくような感覚。
カリスマンの腕を掴んでいた両手が、だらりと力なく垂れ下がる
……いけない、このままじゃ……あたし……。
だめ……逃げなきゃ……。
……でも……もう……力が……。
―――その時。
薄れゆく意識の中、玲子の視界に何者かが飛び込んだ。
その何かは、体当たりをするような勢いで玲子に飛びつき、カリスマンの手から玲子の体を奪い去った。
「……」
気を失う間際。
玲子は目の前に立つ人物を仰ぎ見た。
自分とカリスマンの間を遮るように立つ少年。
それは紛れも無く、翔、その人だった。
「……何の真似だ？」
「何もクソもないよ。これ以上玲子さんに手を出すことは僕が許さない！」
冷酷さと苛立ちを併せ持ったカリスマンの視線に怯むことなく応じる翔。
彼の左肩には、出血こそ止まってはいるが、カリスマンによってつけられた傷痕が塞がることなく残っていた。
「戯れ言を……貴様に何が出来ると言うか―――邪魔だ。失せろ」
「いやだ！ 絶対どかない！」
一歩も引かない決意でカリスマンを睨みつける。
たとえカリスマンの言うとおり、自分には何も出来ないとしても。
そんな翔にカリスマンはため息交じりで言う。
「……貴様は吾輩の与えし役割を果たした。もう貴様に用は無い」
「役割？ なんのことだ！」
「わからぬか……まあ、それでもよい」
「……よくわかんないけど、僕はここを絶対に動かない！」
「―――そうか。ではお喋りはここまでだ」
そう言ってカリスマンは歩き始めた。
もちろん、玲子に向かって真っ直ぐに。
「―――くっ！」
自分に向かってくる訳でもないにもかかわらず、翔はカリスマンの強烈なプレッシャーに襲われた。
無意識に後退ろうとした自分の足を踏みとどまらせる。
そして行く手を遮るように両手を大きく広げ、キッとカリスマンを睨みつけた。
「……決して引かぬという、その心意気は買おう。しかし……」
カリスマンはその歩みを止めない。
その代わりに、右手を顔の前までスッと上げる。
「ここは最早貴様の上がる舞台ではない―――」
パチンと乾いた音が鳴り響く。
再び鳴らされたカリスマンの指。
それを合図に、翔はガクリと地面に膝をついた。
「……え？ あれ？」
前触れなく抜け落た膝の力。
翔は一体自分の身に何が起こったのかわからなかった。
「何だ……何をしたんだ、カリスマン！？」
「なに、貴様の中にあるエネルギーは元々吾輩の物であるからな、それを返してもらっただけの事だ」
その答えを聞き、翔の頭にある疑問が浮かんだ。
状況からして、カリスマンはいつでも翔に干渉することができるようだ。
このことは、自分を始末することなど彼にとって赤子の手をひねるより容易だということを意味する。
にもかかわらず、何故彼はわざわざこんなところに現れ、彼にとって面倒であろう戦いを繰り広げたのだろうか？
そこで思い出される、役割がなんとか、という先程の彼の言葉。
つまり、だ。
もしかすると、カリスマンにとって本当の目的は、翔の処分ではなく―――。
「―――まさか……」
自らの中で辿り着いた結論。
それが翔にとって辛く苦しいものであったが為か、それとも奪われゆく力の為か、彼はうなだれ両手をついた。
その姿は、まるで何かに許しを請うかのように見えなくもない。
翔の横をカリスマンが通り過ぎていく。
行く手には、気を失い地面に倒れている玲子。
「玲子さん……逃げて……逃げてくれーっ！！」
動くことのままならない翔に出来たのは、祈りを叫びにすることだけだった。
カリスマンは足元の玲子を見る。
翔の願いも空しく、彼女は目を覚ますことなく地面に横たわったままの姿でいた。
「…………」
しばし玲子を見下ろすカリスマン。
何かを思いついたのか、闇を帯びた瞳に一筋の光が煌いたかと思うと、瞳の奥へと溶け込んでいった。
「……ふむ。コミックパワーの大半を吾輩に奪われた今ならば、我が僕にすることも可能か」
まいしすたーの意思には関わらずな、と付け加えると、カリスマンは眼鏡に軽く手を添えて位置を正す。
「芳賀玲子よ、吾輩の手足となり働く喜びを与えてやろう」
倒れたままの玲子に向け、手を翳す。
「ポイズニック パル―――」
ガカカカッ！！
「むうっ！？」
カリスマンが技を発動させようという間際、突如飛来した物体が彼の指先を掠め、遮った。
地面に突き刺さったもの、それは４本のＧペンだった。
カリスマンはＧペンの放たれたであろう方向を見据え、にやりと笑う。
「どうやら観客ではいられなくなったようだな。いいだろう、貴様なら我が舞台へ上がることを認めようではないか！」
しかしそこから返ってきたのは返事ではなく、さらなるＧペンの洗礼。
風を切り向かってくるＧペンを、カリスマンは軽く体を捻ることで苦もなく避ける。
「―――そうか、あくまで観客でいることを望むか……。
よかろう。吾輩は貴様と事を構えるつもりはないのでな。ここは貴様に免じて退くとしよう」
くるりと踵を返し、その場を後にするカリスマン。
しかし途中で歩みを止め、振り返った。
「だが忘れるな。貴様は相応しいのは、正義などと言う偽善を振りかざすことではない。
吾輩と共にこの世界を掌握することこそが最も相応しく、かつ自然な姿なのだ。そうだろう、まいぶらざー！」
カリスマンはマントを翻し再び振り返ると、高笑いを残し、戦場となった公園から消えていった―――。
夢―――それは儚い記憶。偽りの記憶。
目覚めと共に虚無へと移り行く。
どんなに楽しかろうと、どんなにその手が、その体が感触を覚えていようとも、時間の流れが全てを飲み込んでいく。
自分は夢の中にいたのではないか、という感覚に襲われながら、翔は自らの最後の時を迎えていた。
仰向けになった翔の目に染み込む青い空。
これから自分が消えようというのに、不思議と恐怖は無かった。
無から生まれた物は、無へと帰す。
自分がどのような存在であるかを知った翔には、それが当たり前のことのように思えた。
だから、終わりを迎えることに抵抗は無かった。
ただ一つ、気掛かりな事があるのを除けば―――。
「すまない……」
翔の横に膝をつく男の姿があった。
その腕には気を失ったままの玲子が抱かれている。
「……どうして謝るの？ あなたのおかげで玲子さんは助かったんだ……むしろ感謝してるんだ……え〜と……」
「千堂和樹。和樹でいい」
「……ありがとう、和樹さん」
「よしてくれ。俺は礼を言われることなどしていないんだ。憎まれこそすれ、な」
素直に感謝する翔の顔から、和樹は僅かに目を逸らす。
和樹の態度の意味するところはわからなかったが、翔はあえて詮索することをせず、黙って和樹と玲子を見続けた。
次第にその存在が薄れてきたのか、翔の体を透かして地面が見えてくる。
「……何か言い残すことはあるかい？」
和樹は静かに問いかけた。
この言葉は、もう翔は助からないであろうことを意味している。
翔自身もそのことは十分にわかっていた。
「そうだね……じゃあ……一つお願いを聞いてほしいんだけど……」
「いいとも。何だい？」
「うん……玲子さんのこと……よろしく頼みたいんだ……」
優しい笑みを浮かべながら言う翔。
それを聞いた和樹は、小さく首を横に振り、答えた。
「……悪いが、その願いは聞けないな」
「―――え？ どうして……？」
予想していなかった和樹からの返事に、翔は目を丸くした。
しかし、続く和樹の言葉を聴き、すぐに安堵の表情に変わる。
「だって、それは君にお願いされるまでも無いからね。玲子ちゃんの事は俺に任せてくれ」
「……そっか……そうだよね……よかった……」
翔は安心したのか、一つ息を吐くと、満足そうに微笑んだ。
その体は既にところどころ形を維持できなくなってきている。
「それじゃあ……もう一つ……お願い……考えなくちゃ……だね……」
「ああ。何でもいい。言ってみるんだ」
和樹は深く屈み、僅かな声しか出すことが出来なくなった翔の口元に耳を近づける。
同時に、力を分け与えるように翔の手を取り軽く握る。
「……そうだ……あったよ……もう……一つ……」
「僕の……僕の……願いは―――」
柔らかな風が通り過ぎた。
和樹は玲子を抱きかかえ、静かに立ち上がる。
その目は、約束を交わした漢のそれであった。
―――ある晴れた午後の日差しの下。
突然に始まり、偶然と必然とに彩られた少年の小さな物語は。
穏やかな風に溶け込むかのように、全てを包み込む澄んだ青空へと旅立っていった―――。