「……にしても、ホントにロボットなのかねぇ、あの子たちは」

　目の前で何人ものメイドロボ達が作業に勤しむ様を、着慣れない作業着に身を包んだ３人はぼうっと眺めていた。

　素人に出来る作業には限界がある、と自主的に判断した彼女達は、そろって壁際で座り込んでいる。

「全くだよ、ボクには生きてるようにしか見えないね〜」

「それに、こうして見てますと、実はいろんなタイプの子がいるようですね」

　眼鏡の奥で目を輝かせ、夕香はメイドロボを観察している。

　情報分析を担当している為か、密かに知的好奇心が旺盛なのだ。

「うん、そうみたいだね……でもさぁ、考えてみると、あの子達って本物の人間と何が違うのかな？」

「え？　えーと、それは……」

　美穂の疑問に言葉を詰まらせる夕香。

　生物かどうかといえば確かにそうではないのだが、それは美穂の期待する答えではないだろう。

　外見も人間にそっくり。その上、各々異なった意思を持ち、その意思の元で行動している。

　理屈で考えれば考えるほど、その疑問を解く答えは遠ざかっていくような気がした。

　わずかな沈黙。

　夕香は答えを導こうと考え込み、美穂とまゆは黙ってメイドロボを眺めている。

　すると、その状況を打破するかのように、白衣をまとった一人の女性が通りがかった。

「あらあら、どうしたんですか皆さん、ぼーっとして。あそこで鈴香さんが呼んでいるようですよ？」

「え？　あ、南さん……」

　南に声をかけられることで、はっと我に返った夕香。

　気づけば、南の指摘どおり、鈴香が離れたところから手を振って呼んでいるのが見えた。

「いけない！　すみません鈴香さん〜！　今そちらに行きます〜！」

「あ、待って！　ボクも行くよ〜！」

「ちょ、ちょっと、おいてかないでよ〜」

　慌てて立ち上がり走り出す夕香の後を追いかけるように、美穂とまゆも僅かに遅れて走り出した。

「……」

　一人その場に残された南は、しばらく目の前に広がる光景を眺めていた。

　鈴香や美穂、まゆ、夕香、そしてメイドロボ達が、時には笑い、時には真剣な眼差しで共に作業をしている様子が目に入る。

　そして誰に聞かせるでもなく、一人呟くように語り始めた。

「私達とメイドロボ……人間と人間に非ざるもの。
　両者の違いは、その見方によって大きく異なりもすれば、　ほんの些細なものにもなりえるんです。
　答えを握るのは私達自身。彼女達を仲間として受け入れ、接することができれば、
　彼女達はきっとそれに答えてくれる……大切な友達となってくれることでしょう」

　すっと目を閉じ、小さく息を吐く。

「――ですよね、玲子さん？」

 

　同人戦隊コミレンジャー外伝 ２nd.　〜突然の来訪者〜

　　　最終章　　『人形の見た夢』　　前編

 

「あ……あぁ……」

　声が出なかった。

　目の前で起こったことがあまりに衝撃的だからだろうか。

　そのとき玲子ができたのは、光の束に貫かれ宙を舞い、地面を転がる翔を目で追うことだけだった。

　実際、玲子にとって仲間がまともに攻撃を受けるのを見るのは初めてのことだ。

　今までは相手がオ・タークや普通の人間だった為、ＩＫＫＡＴＵの４人とは力の差が歴然としていた。

　怪我をしたと言っても、医務室で治療を受ければ問題ない程度。

　しかし、今回は違う。

　相手は世界を混沌へと陥れんとする男。

　野望の大きさ同様、携えし力もまた途方もないものなのであろう。

　翔の受けた攻撃は決して全力ではなかったと思われるが、玲子にショックを与えるには十分すぎるものであった。



「……ふむ、まだ動けるか。当たり所が甘かったようだな」

「！！」

　カリスマンの言葉が、玲子を現実へと引き戻す。

　我に返りカリスマンの視線の先を追うと、彼の言葉どおり翔が体を震わせながらゆっくりと上半身を起こそうとしていた。

「しょ、翔クン！　翔クンッ！？」

　玲子は慌てて立ち上がり、翔の元へと駆け寄った。

　貫かれたのは左肩の辺りのようだった。

　彼は右手で傷口の辺りを押さえながら起き上がろうとしたが、バランスを崩して再び地面に背中をつけてしまった。

「いてて……ふぅ」

　ひとまず体を起こすのを諦め、一つ大きく息を吐く。

「あはは……ゴメン玲子さん、カッコつけて行ったのにあっさりやられちゃった……」

「そんなことより！　大丈夫なの！？　傷は！？」

　聞くまでもない。

　辺りには翔の左肩の傷から流れ出た血が染み渡っていた。

　彼は気丈にも笑っていたが、普通の人間なら気を失うか、もしくは……。

「……」

「玲子さん……そんな顔しないで。僕なら本当に大丈夫だから」

「あ……」

　いろいろと顔に出ていたのだろう、心配している側が逆に気を使われてしまった。

　翔の一言で、玲子は少し落ち着きを取り戻した。

「……こんなことで自分が人じゃないって実感するとは思わなかったなぁ」

　翔は右手を自分の目の前にかざした。

　その手は自らの血に染まっている。

　かなりの出血であることは、そのことからも容易に想像がつくだろう。

　しかし彼は、自分でも意外なほど冷静だった。それだけの余裕があったのだ。

「大丈夫なのね？　信じていいのね？」

　玲子は改めて確認した。

「大丈夫だって……でも、さすがにちょっと疲れたかも。少し休んでもいいかな……？」

「うん……わかった」

　そう言うと、玲子は横になっていた翔の背中と膝の裏のあたりに手を通し、抱えあげた。

　いわゆる”お姫様抱っこ”の形に近い。

　ぬるりとした感触が玲子の手を襲う。

　玲子はそのまま翔を近くのベンチに静かに横たえると、立ち膝になり彼の手を握った。

「翔クン、ちょっとだけ我慢しててね」

「……やっぱ、行くんだね？　止めても無駄……だよね？」

「うん。さっきの翔クンの気持ち、今のあたしにはよくわかるから。それに――」

　目を瞑り、一呼吸置く。

　優しげで、それでいて決意を秘めたような表情。

　そして立ち上がり再び目を開いたときには、茶化すような悪戯っぽい笑顔に変わっていた。

　握っていた手を離すと、代わりに親指をグッと立てて一言。

「ここで戦わなくちゃ、正義の味方の名が廃るってモンでしょ☆」

 

　カリスマンに正対した玲子は、ゆっくり、そして真っ直ぐに歩みを進めていく。

「吾輩に立ち向かう以上、覚悟は出来ているのだろうな、まいしすたー？」

「もちろん！　あなたをボコボコにしちゃう覚悟ならバッチリ決めてるよ☆」

　余裕とも取れる微笑みを浮かべる玲子。

　しかし、その目は鋭くカリスマンを捉えている。

「大した自信だな。しかし残念だが、吾輩相手にそれは不可能というものだ」

「そうだね、確かにキミは強いと思う。だから悪いけど、翔クンの力も借りて、二人がかりで行かせてもらうよ」

　一歩一歩踏みしめるように、ゆっくりと近づいていく。

「ほほう、これは異な事を。あのような出来そこないをさらに戦わせようというのかね？　
　見かけによらず人使いが荒いのだな、芳賀玲子よ。
　いや、この場合、人形使いとでも表現した方が正しいか？」

　玲子の言葉を受け、大げさに驚いてみせるカリスマン。

　挑発とも取れる態度だが、玲子は意に介さずに首を静かに左右に振る。


「――違うよ」

　血で染まった右手を頭上に掲げる。

「あたしが翔クンから借りるのは――」

　その右手に火がついたかと思うと、ボゥッという音を立て一瞬にして右手が炎に包まれる。

「何よりも強い『想い』の力！」

　ゴォォォォォォォッ！！

　瞬間、玲子を中心として突風が巻き起こった。

「ぬぅ……！？」

　さしものカリスマンも驚いたか、風を遮るようにマントを翳す。

「うわっ！　な、何なの！？」

　異変に気づいた翔は、横になりながらも首をひねって玲子の方を見る。

　ゴォォォォォッ……！！

　突然吹きだした風は、同じように突然終わりを迎えた。

　ピタリと止む風。

　その中心にいた玲子は、やはり同じように右手を掲げていた。

　――ただ一つ違うのは。

 

「れ、玲子さん……その格好は……」

「ふん、成る程な。それが貴様の言う想いの力とやらか」

　学ラン、赤いバンダナ、そして銀色に輝く手甲のついた革グローブ。

　その姿はまさに『日下部翔』そして『翔クン』そのものであった。

【第7章へ続く】