第5章
目の前に見知らぬ男が立っている。
鋭い眼光を携え、一分の隙も感じられない。
ずれ落ちた眼鏡を戻しているのか、右手の中指を鼻のあたりに添える。
マントに包まれた己の体を抱くかのように、空いた左手で右ひじをかかえている。
それだけなのだ。
なのに、圧倒的な威圧感、存在感、そしてオーラが放たれている。
この男こそ、世界制服を目論む暗黒組織「ハラジロシスターズ」の総帥。
同時に玲子たちの最大の敵にして、倒さねばならぬ最終目標。
そう、その男の名は――。
「――カリスマン……」
玲子は ただ呟いた。
初めて見る敵の総帥の姿に興奮するでもなく、あくまで冷静な自分が意外に思えた。
もちろん、彼の出現があまりに唐突なものであったせいもあるだろうが。
「兄さん、どうしてここに……?」
翔の方もまた、突然の兄の出現に驚いていた。
現れるはずのない人物が現れた、そういった意味では玲子と同じなのかもしれない。
ただ違うのは、こちらは自分から疑問を解決しようとしているというところだ。
「忙しいんじゃなかったの? いや、それよりさっきの『目標を諦めてもらう』って何? どういうことなの、兄さん?」
「……」
積極的に話しかける翔に対し、カリスマンはまるで何も聞こえていないように黙り続けていた。
その様子に不安を覚えた翔は、口調に焦りの色が見え始める。
「どうしたの? ねえ、黙ってないで答えてよ! 兄さん!」
「……1つ尋ねるが」
カリスマンはようやく口を開いたかと思うと、翔の言葉を全く意に介していないのか、逆に質問を投げかけた。
「先程から貴様が連呼している『兄』とは、吾輩のことか?」
「……え?」
質問の意味がわからず、唖然とした表情になる翔。
「何言ってるんだよ兄さん……? 兄さんは兄さんじゃないか」
「ふむ……」
カリスマンは一人納得したように頷いた。
「そうか、吾輩を『兄』と呼ぶか。なかなかに面白い表現だ」
「――どういうこと?」
それまで様子を見ていた玲子だが、カリスマンの言葉を聞き、おもわず腰をあげた。
それを見たカリスマンは、まるで今まで玲子の存在に気付いていなかったかのような言葉を返す。
「おお、誰かと思えば芳賀玲子ではないか。部下がいつも世話になっているようだな」
「まあね〜☆ それより教えてくれない? 何が面白い表現なの? 兄弟なんでしょ、キミ達」
そう言って玲子はチラリと翔を見る。
彼はまだ状況を理解できてないのか、黙ってカリスマンの答えを待っているようだった。
そして視線をカリスマンへ戻すと、玲子もまた彼の答えを待った。
しかし、彼の口から出た言葉は、さらに謎めいたものであった。
「兄か……そうだな、血を分けしモノという言葉の意味では似ているが、強いて言うならば『親』の方が適切かもしれんな」
「親? まだ子供がいるような歳には見えないけど〜?」
カリスマンの言う『親』の意味がわからず、首をかしげる玲子。
「……」
翔も同様に意味がわからないようだ。
だが、同じ疑問を抱いた表情でも、翔のそれはより深いものだった。
『自分』という存在。
ほんの少し前まで、頭の片隅にもなかった不安。
翔の中で、根本的な何かがぐらついていた。
そしてそれは、カリスマンの言葉によって崩壊する。
「子供などではない。それを創ったのは吾輩だということだ」
「……創った?」
まだ謎が解けない玲子に対し、表情一つ変えずカリスマンは続ける。
「そうだ。まいしすたーの横にいるそれはヒトではない。吾輩の妄想を具現化して創りだしたモノ、いわば吾輩の『道具』なのだよ」
「――!?」
にわかには信じられない、現実離れした言葉が2人を貫いた。
「司令、この反応は……」
「ええ……とうとう彼が姿を現したようね」
時を同じくして、コミックZ司令室では真紀子と南が大型モニターを見つめていた。
モニターには公園の概略図が展開されており、その中心に3つの円が描かれている。
蒼い円は玲子を表していた。
それに対し、黒く大きな円が表しているのがカリスマンだ。
「? もう一つ反応があるようね?」
真紀子が疑問に思ったのは、蒼い円と黒い円の間にある、小さな白い円だった。
「あ、これはたぶん翔君ですね。聞いたところによると、玲子さんのお友達の方らしいです」
「ふぅん、お友達ねぇ……」
真紀子はモニターから目を離し、代わりに南の目を見る。
すると南は、その視線の意味を理解したのか、コクリと頷いた。
「はい、おそらくは……」
南の言葉は肯定だけに留まったが、白い円がその答えを示していた。
あのモニターに反応するのは、コミックパワー、もしくはそれに順ずる謎のパワーの持ち主だけなのである。
「なるほど。その翔君とかいう子についてはあなたに任せるわ、南」
「はい、了解です♪」
にっこりと微笑む南だった。
その微笑みが何を意味しているかはわからないが。
真紀子は視線を再びモニターへと戻す。
そして腕組みすると、ため息混じりに言った。
「それにしても、私達がどれだけ探しても見つからなかったというのに、まさか向こうから出てきてくれるとはね……」
「余裕……なのでしょうか」
「要はなめられてるのよ。今の私達の戦力を見越した上でね」
特に悔しがるでもなく答える真紀子。
カリスマンに対抗するには戦力が不足している。それが現状であり事実である。
それを冷静に受け止め判断することも、司令には必要だ。
「司令、私達も現場に向かいましょうか?」
「いいえ、それには及ばないわ。この場は玲子さんに任せましょう」
真紀子は感じ取っていた。
カリスマンが自分達に手を出すのが目的で現れたのではないということを。
また、こちらから打って出て、いたずらに彼を刺激することは得策ではないということを。
「……わかりました」
南にもそのことは理解できていたようだ。
彼女は胸の前で両手を組み、祈るような形でモニターを見つめ、呟いた。
「お願いします……頑張ってくださいね、玲子さん……」
その言葉には、異変を知りつつも離れた場所から見守ることしか出来ないという申し訳なさも含まれているようだった。
そして真紀子もまた、険しい面持ちでモニターを見つめている。
ともあれ、事態の収拾は玲子の双肩にかけられたのだった。
全身の力が抜けていくのを、僕はハッキリと感じ取った。
頭の中が真っ白になるというのはこういうものだということを、初めて知った気がする。
――自分はヒトではなくモノ。
普通に聞けば冗談としか思えないのに、何だろう、体が勝手に認めてるんだろうか?
もしそれが本当なら……。
「僕は……何なの……?」
静寂を破る言葉と同時に、ガクリと両膝をつく翔。
「翔クン!」
その体を支えるかのように、玲子は駆け寄って翔の両肩をつかんだ。
まるで彼の存在を確かめるかのように。
「キミの妄想? 何言ってるのよ……翔クンはここにちゃんといるじゃない!」
カリスマンをキッと睨みつける玲子。
肩をつかむ手に思わず力が入る。
「当然だ。吾輩は具現化、つまり物質化したのだからな。そこにいるのは当たり前だろう」
「嘘よっ! そんなことできるわけない!」
「自分の物差しだけで物事を判断するのはあまり感心せんな。吾輩の手にかかれば無から有を生み出すことなど容易いことだ。
そもそも自分もイメージを具現化することができるというではないか。違うか、芳賀玲子よ?」
「そ、それは……!」
確かに玲子も己のイメージを具現化し、コスチュームを纏うことができる。
人格すら生み出すカリスマンのそれと比較すると格は落ちるのかもしれないが、それでも無から有を生み出すことには変わりない。
常識ではありえないことを可能にする力。
コミックパワーを特別たらしめる一つの要因である。
玲子は、翔が人間ではないという事実を認めたくないが故に、その事に気付けなかった。
いや、気付きたくなかったと言うべきか。
気付けば、事実を肯定する以外ないのだから……。
「ねぇ玲子さん……僕って何なんだろう? 僕の中の記憶……兄さんとの記憶……玲子さんと会う前の僕の記憶……全部幻なの?
全部兄さんに作られた偽物なの? そして僕自身も……偽物なの?」
「そ、それは……」
精気の無い乾いた微笑みで語りかけてくる翔に対し、玲子は何も言えなかった。
他人に与えられた仮初の記憶を疑うことなく生きてきて、ある日突然事実を宣告されたとしたら。
記憶だけではない。知識や経験など、己に蓄えられた情報全てが作られたものだったとしたら。
おそらくそれは、自分そのものを否定することを意味する。
翔もそのことは感じているのだろう。
それだけに、玲子は簡単に気休めを言うことは出来なかった。
そんな二人をカリスマンは特に気にした様子も無く、淡々と話を進めようとする。
「さて、芳賀玲子よ。感傷に浸っているところ悪いが、そこにいられると邪魔なのだ。どいてくれまいか?」
組んでいた腕を解き、ゆっくりと右腕を持ち上げる。
そして腕が地面と水平になろうかというところで、掌を翔に向け、止める。
「何……?」
彼のの行為の意味するものがわからない玲子は、翔の肩をつかんだまま、黙ってカリスマンの様子を窺う。
すると、カリスマンのマントがふわりと浮き上がり、僅かに遅れて掌が光りだした。
無論、風のせいでも目の錯覚でもない。
「!!」
それを見た玲子は、これから起こるであろう事を直感的に悟った。
翔を抱きかかえ、とっさに横へ身を投げ出す。
と、同時に、カリスマンの掌から鋭い光線のようなものが放たれた。
ズバァッ!!
翔を抱えたまま受身を取るように地面を転がり、素早く1回転して再び動ける体制に戻る玲子。
ほんの数秒前まで自分のいた場所には、小さなクレーターのように地面がえぐられた跡があった。
「――いきなり何するのよっ!」
突然の攻撃に怒りを露にする玲子。
「ん? まいしすたーなら避けられる程度に抑えたつもりだったが……それに狙ったのはまいしすたーではない。そこの出来損ないだ」
「そういうことじゃなくて! ……って、出来損ないって、まさか翔クンのこと……?」
「そうだ。吾輩はその失敗作を消去するためにわざわざやってきたのだからな」
「なっ!?」
カリスマンの口から繰り出されいく予想外な言葉に、玲子は完全にペースを乱されていた。
いつもなら冷静に相手の考えを読み、対応するのだが、今回は玲子の中にある常識から逸脱した事実を突きつけられた為か、
相手の考えを読むどころか、己の疑問を解決するので手一杯なのだ。
「失敗作って……納得のいく説明をしてくれない?」
「悪いが説明する必要は無い。さあ、そこをどきたまえ」
「嫌。説明してくれなきゃどかない」
「必要ないと言っているだろう」
「それはキミが決めることじゃないよ」
「いいからどくのだ」
「嫌ったらイヤ!」
玲子とカリスマンの間に緊迫した空気が流れる。
翔は未だ呆然としたままだ。
「……ふぅ。案外強情なのだな、まいしすたーは」
「まあね〜」
軽く息を吐くカリスマン。
肩をすくめやれやれといったポーズをとる彼を見て、玲子もやや緊張を解いた。
「しかし吾輩としても、はいそうですかと帰るわけにもいかないのでな」
今度はあご元に手を添え、考えるポーズをとる。
「……おお、そうだ!」
そして、いかにもひらめきましたと言わんばかりにポンと手をたたく。
どれもわざとらしい、大きなリアクションだ。
「吾輩が手を下すか否かを、まいしすたーの選択に委ねるというのはどうだ?」
「へ? ほんとに?」
カリスマンの言葉を疑いつつも、僅かに笑みを浮かべる玲子。
「うむ、嘘ではない。その表情からすると異存は無いようだな? では早速始めるとしよう」
ゆっくりと右腕を持ち上げ、パチンと指を鳴らす。
すると、その音に呼応するかのように、玲子に抱きかかえられたまま呆然としていた翔の体がピクリと反応した。
「ん? 翔クン……?」
翔の顔を覗き込もうと玲子が下を向いた、その瞬間。
真下から玲子の顔面に向けて鋭い拳が突き上げられた。
「――ッ!」
とっさに首をひねり、すんでのところで拳を避ける玲子。
耳元に空気を切る音が残るうちに、続けてサッカーで言うオーバーヘッドキックよろしく振り上げられた足が玲子の頭を狙う。
これを前方に身を投げ出してかわした玲子は、すぐに立ち上がると驚いた表情で軽く構えを取る。
正面には、既に起き上がり、同様に構えを取る翔の姿があった。
「ちょ、ちょっと、どうしたのよ翔クン!?」
「……」
返答は無い。相変わらず精気が感じられられない目をしている。、
それを見た玲子は、これがカリスマンの仕業であると見抜き、翔から目をそらさずに叫んだ
「何のつもりよ! カリスマン!」
「フ……言ったろう? まいしすたーに選択する権利を与えると。つまりこういうことだ。
まいしすたーがそやつを倒せば、吾輩は黙ってここから去ろう。それがいやなら、手を出さずに黙ってそやつに倒されたまえ。
どちらを選ぶのも自由なのだよ」
「なによそれ……どっちにしても翔クンは――」
「さあ、ショーの始まりだ! 吾輩を楽しませてくれたまえ!」
玲子の言葉を遮るようなカリスマンの声を合図に、翔が一気に間合いを詰める。
「くっ!」
玲子はバックステップで間合いを取ろうとするが、翔は構わず突っ込んでくる。
「……」
勢いのままに拳を放つ翔。
それを玲子は体を逸らしていなす。
若干バランスを崩した翔だったが、すぐに体制を立て直し、今度は連続で拳を放ってくる。
「わ、わ、わ……!」
時には体を逸らしてかわし、時には手で受け流し、玲子は攻撃に対応する。
どこか遠くを見ているような視点の定まらない目と、迷いの感じられない鋭い攻撃。
普通ならありえないそのミスマッチが、玲子のリズムを狂わせていた。
「翔クン! ねえ翔クン! しっかりしてよう!」
休み無く続く攻撃をかわしながら玲子は翔の意識をもどそうと語りかける。
しかしカリスマンは冷静にその行為を否定した。
「無駄だ。そやつの頭は吾輩の下した命令に支配されている」
「……命令!?」
「そう。『目の前の女を倒せ』とな。意識そのものを支配するのは少々面倒だが、この程度の単純な命令なら問題は無い。
しかもそやつは放心していたからな。余計なことは考えず、ただ純粋に命令を遂行しようとするだろう」
「そんな……翔クン! 目を覚まして!」
「届かぬよ。そのような陳腐な言葉は」
カリスマンの言うように、玲子の語りがけは翔の耳、いや翔の意識には届いていなかった。
拳に加え蹴りも伴った翔の連続攻撃は、まるで底なしのスタミナを持つかの如く一向に止む気配は無い。
そして力のこもらない眼差しも変わりない。
手足を吊られたマリオネット。
そんな言葉が脳裏をかすめる。
だが玲子はあきらめない。
巧みに攻撃を捌きながら、翔の眠れる意識に触れようと試みる。
「翔クン聞こえる!? 思い出して! あたしと頑張ったあの特訓を!」
「……」
「キミはこんなことの為に……あの男に操られるために強くなったんじゃないはずでしょ!?」
玲子の声が虚しく響き渡る。
返ってくるのは、翔の攻撃をガードすることで生じる骨と骨のぶつかり合う音ばかりだった。
「なるほど、美しきは師弟関係と言ったところか。しかし皮肉なものだな。そやつの為を思って鍛えてやったのだろうが、
結果としてそれが己を苦しめることになるとは……なぁ、まいしすたー?」
距離をおき観客となったカリスマンは、皮肉めいた笑みを投げかけた。
カリスマンの指摘はある意味正しかった。
かつての翔の攻撃ならば避けるのにそう苦労はしなかったが、今は違う。
玲子との特訓により彼の能力は確実にアップしている。
加えて、視線や感情の動きから行動を予測しようにも、操られた状態の翔からはそれも困難だ。
故に今の翔の攻撃を反撃することなく避け続けることは、玲子にとってかなりの負担となっていた。
そして――。
「ぐ……!」
玲子の顔が苦痛にゆがむ。
それまで完璧だったディフェンスに僅かな隙が生じ、翔のボディブローが玲子を捉えたのだ。
思わず腰が引け、体がくの字になる。
いけない……次が来る……ガードを……!
ボディを守りたい衝動を抑え、玲子はなんとかガードを上げる。
しかし拳も蹴りも襲っては来なかった。
休むことの無かった連続攻撃が嘘のように。
「……?」
不審に思った玲子は間合い取り、翔の様子を窺う。
やはりぼうっとこちらの方を見ている。構えを解いているわけでもない。
特に変わったところはなかった。
僅かに震える両腕を除いては。
「う……うぅ……」
翔の口からうめき声が漏れる。
翔の意識が抵抗を見せているのだろうか? それとも他の何かが影響しているのか?
それはわからない。
しかし玲子に与えた一撃が、彼に何らかの変化をもたらしたのは間違いない。
玲子は考えた。
そしてある結論に達した。
「……」
玲子は両腕をおろしてガードを解き、翔に向かって正対する。
いわゆる棒立ちだ。
それを見たカリスマンは驚くこともなく、むしろ予想される範囲内だと言わんばかりに余裕を見せる。
「ふむ、とうとう観念したか……いや失礼、黙って倒される方を選択した、と言うべきかな?」
違う。
犠牲になるわけでもないし、ましてやあきらめたわけでもない
翔クンは頑張ってる。
自分の中で戦ってる。
だからあたしも信じるんだ。
翔クンを。
「うぅ……うああ……」
棒立ちの玲子を前に、翔は自分の体に逆らうように全身を震わせていた。
しかし右腕が震えながらも、拳を放つべくゆっくりと後ろに引かれていく。
「翔クン……今こそ答えてほしい……」
両目を閉じる玲子。
翔の腕が目一杯後ろに引かれる。
「く……あぁ……」
大きく右肩を引き、拳がギュっと握られる。
「さあ、ショーは終わりだ! 自らの手で幕を下ろしたまえ!」
踏み込みと共に、十分に力の込められた右腕が繰り出される!
「うああああああああっ!!」
「――何の為にキミは強くなったのか!!」
両の目を見開いた玲子の眼前に翔の拳が迫る!
……。
時が止まったかのような静寂が訪れた。
誰一人として動かない。言葉を発しない。
一人はじっと前を見たまま動かずに立っている。
一人は僅かに表情を曇らせ、やはりその場に立っている。
そして一人は、地面に大の字になって倒れている。
四肢を地面に投げ出す。
その目はぼうっと空を見つめている。
何かを確認するように、手を握ったり開いたりを繰り返す。
納得した顔で、目を閉じる。
大きく一つ深呼吸。
そしてようやく口を開く。
「僕は正義の味方になるんだ……そして大切なものを守るんだ……」
目を開き、ニッと悪戯っぽい笑みを浮かべる。
「――だよね、玲子さん?」
「うん! それでこそあたしの一番弟子!」
同じように笑みを浮かべ、玲子は翔に手を差し伸べる。
その手を取り、ゆっくりと翔は起き上がった。
翔の拳が玲子を捉えるかと思われた瞬間、彼は全身の力を用いて拳の軌道を変えた。
拳は玲子の顔の右横をすり抜け、行き場のなくなった力は何もない空間を切り裂いた。
その勢いのまま、翔は柔道の受身のように肩から前転をし、地面に転がったのだった。
「翔クン、大丈夫?」
翔を気遣う玲子だが、当の本人は問題ないと言わんばかりに服についた土埃をパンパンと手で払った。
「聞こえたよ、玲子さんの声。カリスマンの呪縛よりも大きくはっきりと」
「……うん!」
にっこりと微笑む玲子。
すると、玲子の体がガクリと沈み、方膝をつく形になる。
「あれれ? 安心したらなんか力抜けちゃった〜」
「……ゴメンね玲子さん、僕のせいで……」
「ううん、だいじょぶだいじょぶ☆」
強がって見せる玲子だが、立ち上がらないでいるところを見ると、やはり幾分消耗しているようだ。
それを見て、翔はカリスマンをキッと睨みつける。
「よくも玲子さんをこんな目に……しかも僕を操って! 兄さん! いやカリスマン! 今からお前は僕の敵だ!」
決意に満ちた翔の目を見たカリスマンは、残念そうな、それでいて怒りを含んだような微妙な表情になる。
「ほう……創造主たる吾輩に牙をむくと?」
「そんなこと関係ない!」
「なるほど……確かに吾輩の呪縛を解き放ったことは評価に値する。出来損ないというのは取り消しても良いかもしれん。
しかし、己の分をわきまえぬとは、やはり所詮は愚物か……」
カリスマンの言葉を聞き、翔はさらに怒りを増す。
「愚物かどうかは……僕を倒してから言え!!」
言うが早いか、翔はカリスマンに向かって駆け出した。
「あっ! 翔クン、待って!!」
翔を止めようと立ち上がる玲子。
しかし膝の力が抜け、再び膝をついてしまう。
翔に向けて伸ばされた右手が虚しく空をつかむ。
「うおおおおおっ!!」
真っ直ぐに突っ込んでいく翔。
カリスマンは迫り来る翔を少しも慌てた素振もなく向かいうける。
ピンと立てた人差し指の先が光を帯び……。
「ならば遠慮なく倒させてもらおう」
一筋の光が指先から放たれた。
ズムッ!
「――ッ!?」
光は翔の体を躊躇うことなく突き抜けた。
翔の体がふわりと宙を舞う。
スローモーションのような錯覚を残して。
まるで糸の切れたマリオネットのように。
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