コミレンジャー外伝 2nd. 〜突然の来訪者〜


第3章



 4人は走っていた。

 玲子、美穂、夕香、まゆ。

 IKKATUが目指すは商店街。

 そしてそこで待ち受けるはハラジロシスターズ。


 これまでにも街にオ・ターク達が現れたことは何度もあった。

 だが、その活動はどれも本格的とは言い難いものだった。

 ハラジロシスターズが何を考えているのかはわからないが、明確な目的というものが感じられないのだ。

 何かの実験なのか、それとも計画の上の行動なのか。

 確かに一般人を襲ったり、建物を襲撃したりはするのだが、いかんせん規模が小さい。

 実際、玲子達はそれらを難なく跳ね返してきのだ。

 しかし、今回の出動はちょっと違う。

 何がどう違うのかは解らないのだが、玲子の心の中には不安という一片の欠片が浮かんでいた。

 そしてその欠片を生み出したのは、出撃前の南の一言。

『――今回はいつもと少々様子が違うようです』

 深くは説明しなかった南だが、そのことがあの一言を一層謎めいたものとした。

 一体何があたしたちを待ち受けているんだろう――。

 玲子は走りながら、己の拳をギュッと握りしめた。



 しかし、現場へ到着したIKKATUを待っていたのは、なんとも奇妙な光景だった。

「……なにこれ」

 唖然とする4人の目の前で、オ・ターク達が奇怪な行動を取っているのだ。

 何故か逆立ちしているオ・ターク。

 座り込んで食事するオ・ターク。

 ウィンドウショッピングを楽しむオ・ターク。

 ハチマキをして試験勉強に励むオ・ターク。

 インターハイを目指してドリブルの練習をするオ・ターク。

 人生について真剣に悩むオ・ターク。

 いずれもオ・タークらしからぬ行動だ。

 ……いや、普通の人でも往来ではやらなそうなものばかりだが。

「え〜と、そこのアンタ……ちょっと聞いてもいい?」

 呆れ顔の美穂が、敵の中で唯一話の通じそうな相手、おそらく司令官と思われる男に話しかけた。

 その男はオ・タークに負けず劣らず意味不明オーラを発している。

 少し長めの髪にメガネ、そして何故かスーツを着ている、普通のサラリーマン風の格好だ。

「ん? 私? ちょっと待ってくださいね、これで最後なんですよ……」

 男は黒くて小さく平べったい物体を人差し指と親指でつまんでいた。

 男の前には手にしたものと同じ黒い物体がズラリと一列に並んでいる。

 そしてその長い列の最後に、手にした物体をそうっと並べ加えた。

「――っしゃあ! できた、できました! 感動の余り涙が止まりません!

どれくらいかというと、流れる涙で呼吸できなくなってちょっと溺れかけたくらい!」

 仁王立ちして滝のような涙を流す謎の男。

 一方、状況を掴めないでいる4人。

「おめでとうございます……で、何があなたをそこまで感動させてるのですか?」

「何って決まってるじゃないですか!? 商店街限定路上ドミノの世界記録達成の瞬間なのですよ!?

全くそんなこともわからないとは。基本ですよキホン! ここテストに出るよ? よろしいか?」

 いや、それは世界じゃないし基本でもないし。

 でもそれじゃ普通なので、まゆがちょっと厳しい方でつっこんでみる。

「はぁ、それはそれは……病院行く? 頭の方の」

「お気遣いありがとうお嬢さん。でも私、保険に入ってないのでそれは不可」

「……それは大変だね」

 通じなかったようだ。



 と、ここまで黙っていた玲子が、ツッコミどころ満載なオ・ターク達を指差して軌道修正を試みる。

「そーじゃなくて! アレ! 問題はアレだって!」

「む。そこの貴女。人を指差すなんて正義の味方の風上にも置けないので風下に置きますよ」

「いや、意外と決めポーズとかで指してるよ……でなくて!」

 ちょっと流されそうになったけど、なんとか持ちこたえる。

「あたしを正義の味方とか言っちゃうってことは、あたしたちが何者なのかわかってるみたいね!?」

「……フッ」

 司令官らしき男は少しも動じることもなく怪しい微笑みを浮かべる。

 そしてズバリと言い放った!

「わかってますとも! こんな怪しい集団にかまってくれるナイスガール。それはつまり婦警さん!」

 ……おい。

「ビバ国家権力! でも私達は屈しませんよ! そういえばオ・タークたちは国民じゃないし」

「いや、そうじゃなくてね……あたしたち、チームIKKATUなんだけど……知ってる?」

 いろいろダメそうなので、仕方なく自己紹介した。

「何ですとー!? 騙されたー!? ……くぅ、なかなかやりますね」

 いつ騙した、いつ。


「え〜、とにかく。オ・タークによくわかんないことさせてるのはアナタの指示?」

「なんとっ!? 読心術とは卑怯な!」

「違う違う」

 美穂が一応つっこんでおく。

「一体何が目的であんなことをさせているのです?」

「ふっふっふ、何を隠そう、商店街征服が目的です! いや、むしろもう征服してます」

 夕香の質問にちゃんと答える司令官。

「……なにがどーなったらアレで征服になるのかな……?」

 もっともな疑問をもったまゆ。

 それについても律儀に答えてくれる司令官。

「それはアレですよ、街にオ・タークが溢れれば、なんか征服したっぽいじゃないですか?」

 あんな征服のされ方は遠慮したいものである。




「あ〜、なんか解ったような解らないような……でもさ、何もあんな謎なことさせなくても」

 戦う前から疲れを感じてきた玲子は、もっとも大きな疑問をぶつけた。

「あ、それですか。いや〜、何気にフレンドリーな感じを目指してるんですよ」

 フレンドリーって言われても……。

「その証拠にホラ、あそこにフレンドリーの象徴が!」

 そう言って司令官が腕で示した先を、玲子はつられるように見る。

 そこにはやはり、謎行動なオ・ターク達がいた。

 貯金通帳を眺めるオ・ターク。

 洗車をしているオ・ターク。

 子供の育成方針について口論しているオ・ターク。

 真剣に将棋を指しているオ・タークと翔クン。

 …………。

 ……。

 待て。

「……!?」

 我が目を疑った玲子は、目をゴシゴシこすってみる。

 しかし見間違いではなかった。

 そこには確かにオ・タークと将棋を指してる翔の姿があった。

「ちょっと、キミ、翔クン!? そんなところで何やってんのよ〜っ!?」

 玲子の声に気付いた翔は、こちらを向いてブンブン手を振る。

「あ、玲子さんだ〜! やっほ〜♪」

「やっほ〜♪じゃなーい! ちょっとこっちに来なさーい!」

 怒気をはらんだ玲子の声に驚いた翔は、一緒にいたオ・タークにペコリと挨拶して駆け寄ってきた。

「あのー、玲子さん? 何怒ってるの?」

「何ってキミねぇ、あれが何者なのかわかってて将棋なんか指してたの?

 そう言ってさっきまで翔がいた場所を見やる。

 そこには、将棋盤の前で正座してこちらを見ているオ・タークがいた。

「あ、あの人? 結構いい人だったよ。お菓子も貰っちゃったんだ。どうもありがとう」

「ウィー」

 翔がオ・タークに向けて再びペコリと頭を下げると、オ・タークもまたペコリと頭を下げた。

 その様子を見ていた玲子は。

「あ〜もう、何がなんだか大混乱……とりあえずあの司令官だね。みんな、翔クンのことよろしく」

 と、こちらに向き直ると、そこにはすでに3人娘によろしくされている翔の姿があった。

「キミが翔君ね。あたしは美穂、よろしくね☆」

「ボクはまゆだよ〜。間近で見るとかわいいね〜♪」

「私は夕香と申します〜☆」

「あはは……ど、どうも皆さん、よろしくお願いします……」

 ずいっと寄ってきた3人娘に少々圧倒された翔であった。


「……なんかよろしく間違いがあるみたいだけど……まぁいっか」

 軽く肩をすくめてクスッと笑うと、玲子は司令官の方を見た。

「さて、司令官サン……あれ? いない?」

 さっきまで彼がいた場所には誰もいない。

 キョロキョロとあたりを見回すと、話から外れていた彼はドミノの続きをしているようだった。

「……あ、お話は終わりました?」

 玲子と目が合った司令官はその場ですっと立ち上がった。

 と、そのとき。

 カタカタカタカタカタカタカタカタ……。

「……ん?」

 何やらリズムのいい音が足元から聞こえた司令官は、ふと下を見る。

 すると、ドミノが軽快な調子で倒れていた。

 立ち上がった拍子に、足に当たってしまったようだ。

「……ノォーッ!? ドミノがーっ!?」

 司令官は倒れ行くドミノの流れをせき止めようと、あわててダイビングする。

 が、時既に遅し。

 司令官の伸ばした腕の先を、ドミノは無常にも倒れていった。

「……」

 路上に倒れこんだまま動かない司令官。

 そしてガバッと起き上がったと思うと、玲子をキッと睨みつけ。

「……おのれチームIKKATU! よくも私の世界記録商店街限定路上ドミノを!」

「それって……」

 思い切り濡れ衣である。

 ともあれ、ようやく悪の司令官らしい雰囲気が出てきたようだ。

「くらえ! 我が怒りの鉄拳を〜!」

 司令官は速いか遅いか微妙な速度で突進してきた。

「……まぁいいや。ちょうどいいと言えばちょうどいいし」

 迎え撃つ玲子は、体をやや半身に構えて司令官の動きに集中する。

 ……見た目は弱そう。それもかなり。

 でも油断は禁物。

 とりあえず右ハイで出足を止めてみようか?

 玲子は牽制の意味も込め、右足を振り上げた。

 ゴスッ!

「あふぅっ!?」

「――え?」

 首をいい感じに曲げ、ぶっ倒れる司令官。

 玲子の放った右ハイは、冗談かと思うくらいクリーンヒットしていた。

「あちゃ〜、見た目どおりだったのね」

 どこか遠くへ行ってそうな表情で気絶している司令官。

 それを見て、ちょっとかわいそうに思った玲子であった。



 さて、あちこちで好き勝手やっていたオ・タークたちは。

「ウィー……」

 司令官が倒されたことに気付きたようで、それぞれの行動を中止した。

 そして大の字になって倒れたままの司令官の下に集まると。

「ウィー」

 一同礼をして、何故か司令官を置き去りにその場から去って行ったのだった。

 司令官がいない方が、統率が取れてるように見えるのはこれいかに。


「……」

 なんとも言えない雰囲気に包まれた5人。

 あまりに拍子抜けな作戦終了の瞬間だった。

「ええと……とりあえずあの男の人はあたしたちが連れて行くね」

 美穂が沈黙を破った。

「あ、そうだね。じゃあ後はボクたちに任せて玲子たちは特訓に行きなよ」

「え、でも……いいの?」

「いいのですよ。だって、お二人のジャマは出来ませんから☆」

 まだそっちで引っ張るか、夕香……。

「だ、だから、そんなんじゃ……」

「?」

 慌てて否定する玲子と、よくわかってない翔であった。


「よいしょ……っと」

 美穂とまゆは男の両側に回り、担ぎ上げた。

「まあ、そんな訳だから。玲子、また明日〜」

「翔君、今度一緒に遊ぼうね〜♪」

「それはナイスアイディアですね☆ 約束ですよ〜」

「ええ、また今度〜」

 手を振る夕香に、翔は手を振り返す。

「……さて、あたしたちも行こっか?」

「うん!」

 元気よく頷く翔。

 そして4人と2人はそれぞれの道を歩き出した。




 長い長い石段。

 いつもは訓練をかねて駆け上がっているこの石段を、今日は2人でゆっくりと上っている。

 別に手を抜いている訳ではない。

 お互いに聞きたいことがあった為だ。

「ねぇ、玲子さん……」

 先に切り出したのは翔だった。

「ん? なにかな?」

「玲子さんって、正義の味方だったんだね。なんかカッコイイなぁ〜」

「いや〜、そんなカッコいいもんでもないよ〜。さっきだってなんもしてないし」

 玲子は先刻の戦闘っぽいものを思い出し、苦笑する。

 右のハイキック一発しか繰り出していない。

 加えて正義の味方らしい言動も大してなかったように思えた。

「でさ、ちょっと気になったんだけど……」

「ほいほい」

「玲子さんって、どうして正義の味方になろうと思ったの? 一見普通の女子大生って感じなのに」

「なによう〜、あたしが普通じゃないって言うの〜?」

「あ、いや、そーいう意味じゃなくて……その〜」

 ちょっとあわててフォローしようとする翔。

 それを見て玲子はクスクスと笑った。

「ま、冗談は置いといて。そだねぇ、いろいろあるけど……」

 額に指を当て考えるポーズをとる。

「やっぱ、大切なもの、大切な人を守るためかな?」

「……そっか。やっぱカッコいいよ、玲子さんてば。うん」

「にゃははは☆ ホメても何もでないよん。てゆーか我ながら恥ずかしいセリフだねぇ」

 照れ隠しに頭の後ろをポリポリと掻いてみる。

「そんなことないよ、憧れちゃうな。そうだ、僕も強くなったらチームIKKATUに入れてくれる?」

「う〜ん……そだね、あたしと同じくらい強くなったら考えてもいいよ」

「うわ、それは厳しいなぁ」

「そうだよ〜、だからもっと頑張らなくちゃね☆」

 玲子はにぱっと微笑んだ。


「……さて、今度はあたしから聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」

「うん、いいよ。何?」

 玲子は、それまで笑顔だった表情を少し引き締めて質問する。

「さっき、オ・タークと将棋を指してたでしょ? キミって、オ・タークのこと恐くなかったの?」

「うん、全然。だっていい人だったし。でも将棋は弱かったな〜」

 そう言って笑う翔。

 しかし玲子にとっては、その笑顔がむしろ自分を不安にさせるものであった。

「そうなんだ……」

 前から思っていたんだけど、翔クンはちょっと世間からズレたところがあった。

 ファミレスに行ったことがなかったのはまだいいとして、彼はいろいろ知らないことが多すぎると思う。

 第一、あたしとの出会いからしてそうだし。

 街行く一般人に襲い掛かるなんて、立派な犯罪。

 一応『悪いこと』とは思ったみたいだけど、普通なら悪いとわかってたら襲ったりしないんじゃないかな。

 ましてやこんないい子なら尚更だ。

 たとえ自分が強くなる為だとしても、もし人違いだったら大変なことになってたんだから。

 ……そもそも、あたしが強いって知ってた、彼のお兄さんって何者なんだろう?

 オ・タークのことを当然のように『人』として扱う翔クン。

 オ・タークにしても、彼のことを『敵』として見るどころか、むしろ友好的だったように思えた。

 そしてあたしの事を知ってるという、彼のお兄さん……。

 まさか……まさか、彼のお兄さんって――。

「玲子さん? ボーっとしちゃってどうしたの? 聞きたいことってそれだけ?」

「ふぇっ!? あ、ゴメンね、ちょっと考え事を……あ、あははは……」

「?」

 顔では笑っているが、心の中では素直に笑うことは出来なかった。

 もし翔の兄が玲子の仮説どおりなら、いろいろとつじつまが合う。

 しかし、それは同時に、これからの2人の関係をちょっと面倒なものにしてしまうであろう。

 ――でも、いつまでもこのままじゃいけない。

 玲子は決意を固めた。

「――あのさ、もうひとつ聞いてもいい?」

「うん、どうぞどうぞ」

「あのね、キミのお兄さんって……どんな人なの?」

 自分でも顔が少し引きつり気味なのがわかる。

「僕の兄さん?」

「うん。ほら、なんかキミのお兄さんって、あたしのこと知ってるっぽいじゃない?

だから誰なのかなーって思ったんだけど……もしかしたらあたしの知り合いかもしれないし」

「あ、なるほどね。でも、変な話だけど、僕も兄さんのことあまり知らないんだ……

ずっと離れて暮らしてたから、数えるくらいしか会ったことなくて。

それに会っても話もほとんどできなくて……すごく忙しそうだから」

 ちょっと淋しそうに翔は答えた。

「そっか、忙しい人なんだ……何してる人なの?」

 予想はついている。

 できれば聞きたくない。でも聞かなきゃいけない。

 しかし、そんな玲子の葛藤を知らない翔は、あっさりと答えてしまう。

「うん、よくわかんないけど世界征服とかなんとか……」

「――そう……なんだ……」

 玲子は階段を上る足を止めた。

「? 玲子さん?」

 翔の顔をまともに見れない玲子は、定まらない視点を足元に向けたまま続けた。

「……よかったら、お兄さんの名前、教えてもらえないかな……」

 最後の質問。

 既に聞かなくても答えが解っている質問。

 翔は玲子の様子がちょっとおかしいとは思いつつも、その質問にも簡単に答えてしまう。

「うん、いいよ。カリスマンっていうんだ。カッコいいでしょ?」

 自分から真実を求めた玲子。

 そしてもう、後戻りはできなかった――。



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