コミレンジャー 第５話 瑞希の挑戦！ 〜前編〜
アリアケ・アイランド。
そこにある、コミレンジャーの所属する組織『コミックＺ』に、瑞希はやや重い足取りで到着した。
「高瀬瑞希、只今到着しました」
「お、やっと来はったな？ 遅いで瑞希っちゃ〜ん！」
瑞希がオペレーションズルームに入ると、待ちかねたような由宇の声が響いた。
部屋の中を見渡すと、なるほど、瑞希以外のメンバーは既に円卓を囲むようにして席に座っている。
「あれ、あたしが最後？」
「そぉよ！ まったく、この詠美ちゃん様をまたせるなんてごんごどーだんねっ！」
「でも、詠美さんが着いたのもついさっきでしたよね……」
いつも通り大風呂敷なちゃん様と、一応つっこむところはつっこんどく彩。
ここで瑞希はふとしたことに気付く。
「あれれ？ 彩ちゃんはバイトだったんじゃ？ なんであたしより早く来れたの？」
「秘密です……」
「ひ、秘密って……？」
謎めいた女の子。それが長谷部彩。
「にゃあああ！！ ごめんなさいです、瑞希のおねーさん！
千紗が……千紗が連絡するのが遅かったから、瑞希のおねーさんが遅れちゃったんですぅ〜」
「もしも遠くにいたのでしたら、あたしが迎えに行ったんですけどね」
普段からコミックＺにいることの多い千紗と鈴香も集まっている。
「いや、そんなことないから気にしないでね、千紗ちゃん。それに遠くにいたって訳でもないですし…」
実は、ちょっと考え事をしてて……。
とは言えなかった。とてもじゃないが言える雰囲気ではなかった。
ここで言ってしまえば、おそらく今日の議題は
『瑞希っちゃんの悩み解決への道』になってしまうであろう。
そうなると一体何をさせられるかわからないので、瑞希は誤魔化すことにした。
しかしそんな瑞希を見て、あさひは何か感じたのか。
「あ、あの、瑞希さん、何かあったんですか……？」
「え？ い、いや別に何もないけど……」
微妙に言葉を詰まらせてしまう瑞希。
そしてそのスキをのがす由宇ではなかった。
椅子に座ったままクルリと瑞希のほうに体を向け、ニヤリとした笑いを浮かべながら
すかさずからかいにはいる。
「なんやなんや瑞希っちゃん、和樹となんかあったんか〜？」
「なっ！？ ななな何でそこで和樹が出てくるのよっ！？」
予想外の展開にボッと顔を赤らめながら否定するものの、時既に遅し。
年頃の女の子たちが集まっている上に、和樹が絡んでくるとなれば、この流れは続いていくであろう。
そして案の定、瑞希に詰め寄っていく年頃の女の子たち。
「ちょっと！！ ぽちをゆーわくしてどうしよおってのっ！？」
「ど、どうしてそうなるのっ！？ 誘惑なんてしてないって〜！」
「瑞希さん、不潔です……」
「いやだから、違うってば！ しかもどうして不潔なのよっ！？」
「み、瑞希さんがそんな……あたし、あの、えと……どうしよう、ごめんなさいっ！」
「あの……あさひちゃん？ 謝られても困るんだけど……」
場が『きゃあきゃあ』という効果音でも出てそうな雰囲気に包まれる。
だがその効果音は、一人の女性の言葉によってかき消されようとしていた。
「さて……そろそろ挨拶も終わったかしら？」
そう、澤田真紀子、その人だ。
特に怒気をはらんだ口調という訳ではないのだが、
彼女の一言によって それまでの雰囲気が嘘のように引き締まり、
瑞希に詰め寄っていた面々は静かにそれぞれの席に着く。
……かと思われたのだが。
「だぁかぁらぁ、何でもないってばぁっ！！」
「ウソやんウソやん、だって顔が真っ赤やも〜ん♪」
「ふみゅみゅぅぅぅん！！」
「やっぱり不潔です……」
「ごごごごめんなさいっ！！」
「あぁ……もぉいいわ、好きにしてぇ……」
どうやら今回はダメだったらしい。
「……」
一見、真紀子の表情には変化がないように見えたが、よく見ると眉のあたりがピクッとしたりしていた。
それを見て、今まで沈黙を保っていた南がボソッと一言。
「静かにしないと、みんな明日からおやつ抜きにしちゃおうかしら♪」
「！？」
一同の動きがピタッと止まる。
「……」
そして無言のまま瑞希のもとを離れ、席に着く。
こんな『おやつ抜き』でおとなしくなる人たちによって
この街が割と守られていることを、人々は知らない。
「……最近、巷である噂が流れているのを知っているかしら？」
気を取り直した真紀子が話を切り出す。
とりあえず落ち着きを手に入れた円卓を見回し、意見を求める。
「噂ねぇ〜？ なんかあったっけ〜？」
「ひょっとして、無気力な人たちが増えてきている……という、あれですか？」
「ええ、そうよ瑞希さん」
世間の出来事に無関心であらせられるちゃん様を置き去りに、話は続く。
「ああ、その話ならウチも聞いたことあるわ。なんや知らんけど、若い連中に多いみたいやな、それ」
「千紗は、お子様たちにも多いって聞いてるです」
「私も少し聞いてます……まだ原因がわからないとか」
由宇と千紗、彩が補足し、その横ではあさひがしきりにウンウンと頷いている。
更にその横で話を聞いていた鈴香が言う。
「もしかして、その噂があたしたちに何か関係あるということですか？」
鈴香の発言を聞き、全員の間にわずかな緊張感が漂う。
「……その通りよ。
私と南は、まず、この噂がハラジロシスターズの犯行によって発生したものだと仮定したわ」
真紀子の言葉を南が引き継ぐ。
「そしてコミックＺ独自の調査の結果、
やはりハラジロシスターズによる犯行によることがわかりました。
実際にお会いした被害にあった方々の無気力状態が、
コミックパワーを吸い取られた際のそれと酷似していましたから。
そして同時に、多くの行動パターンから重要な手がかりとなる共通点も発見できました」
「共通点……それは、さっき言ってた『若者が多い』ということじゃないんですか？」
瑞希が疑問を口にする。
対して、南はその疑問を予測していたかのように答える。
「ふふ、それも確かに共通点の一つです。でもね、それよりももっと重要な手がかりなんですよ」
「ふ〜ん。で、一体何なんや、その手がかりっつーのは？」
「ええ、それを今からお教えしますね」
そう言うと、白衣のポケットからスッとリモコンのようなものを取り出し、ポチッとなとボタンを押す。
すると部屋の照明がフッと弱まり、真紀子と南の後ろの方にあるスクリーンに
パッと映像が映し出された。
「これは……ファミレス？」
スクリーンに映るそれは、どうみてもファミレスだった。
「はい、ファミリーレストランですね。実は、被害にあった方々は
皆、ここのファミレスで食事しているんです」
「わかった！ ここの料理にどくがはいってて、みんなバッタバッタと……」
「アホは黙っとき」
「……」
ここで南から真紀子へ主導権が戻る。
「まあ、毒かどうかはともかく、料理が関係しているという可能性は大いにありえるわね」
「ホラ見なさい！ あたしの言ったとーりじゃないのよ、バカパンダ〜！！」
「はいはい、おめでとさん」
「ふみゅ〜ん！ 勝ったのになんかむかつく〜！」
「あらあら、２人ともおやつ抜きがいいみたいですね♪」
「……」
南さんの必殺台詞によって２人が仲良く沈黙したところで、真紀子は話を続ける。
「……で、流石に現状では根本的な原因までは特定することはできないの。
料理に原因があるかもしれないし、または全く別のところに原因があるのかもしれない。
そこで、あなたたちの出番が来たというわけなのよ」
「つまり、私たちがその店を調べるということですね……？」
「そうよ。話が早くて助かるわ、彩さん」
ここまで聞いて顔を見合わせるコミレンジャーな５人と千紗、鈴香。
自分たちが店を調べるということは、
おそらく実際にそこで食事し、『当たり』を引いて帰って来いとのことだろう。
ということは、『当たり』を引いた者はコミックパワーを吸い取られ、へろへろに……。
そんなのは御免だ。
７人はそう思った。
「……何かしら、その明らかに嫌そうな顔は？」
「あ、顔に出とった？」
「ええ、それはもう」
７人の間に、さっきとは違った緊張感が漂う。
「あ・あの、私思ったんですけど、私たちじゃなくて、
その、調べる専門の人とかが行くべきじゃないかな〜、なんて……」
「おお、ナイスやあさＰ！」
「残念ながらそうもいかないの」
起死回生かと思われたあさひの提案は、南の一言でシャットアウト。
「これまでの情報収集とは違って、今回はハラジロシスターズそのものと遭遇する可能性が高いんです。
そうなると諜報員さんたちでは太刀打ちできないの。
だから、皆さんのうちの誰か一人に行ってもらうしかないんですよ」
「『誰か一人』ですか……」
彩のその言葉が合図になったかのように、７人の間に、今度は殺気にも似た緊張感が漂う。
『誰？ 誰が犠牲になるの？ わたしは嫌よ』
おそらく そのようなことをお互いに目で語っているのであろう。
しばし沈黙が場を支配した。
誰も発言しなくなってしまって、はや数分。
そのいや〜な空気をようやく察したのか、南が沈黙を破る。
「ええと……もしかして皆さん、何か勘違いされてませんか？」
「……勘違いと言いますと？」
「ええ。その……別に皆さんにあのファミレスで食事してもらおうというわけではないんですよ？」
「あ、そうなん？」
「そうですよ。だって、皆さんの中の誰か一人でも
コミックパワーが無くなってしまったら、大変なことになりますから」
張り詰めた空気から一転、一気に安心感に包まれる７人。
それぞれの顔には笑顔が浮かんでいる。
「じゃあじゃあ、あたしたちに何させるつもりっ！？
まさかウェイトレスでもしろってゆーわけじゃないでしょおねっ！」
「あら、詠美ちゃんご名答。今日は冴えてるみたいね♪」
「へ？ あ、そ、そうでしょお！？ この詠美ちゃん様にまかせなさい！？」
自分で言っときながらよくわかってないちゃん様。
「それだったら最初に言ってくれれば……」
「ごめんなさいね、彩ちゃん。てっきり、皆さんわかってらっしゃるものだと思って……」
わかってない。全然わかってない。
心の中でつっこむ一同だった。
「……というわけで、この中の誰か一人にアルバイトとして例のファミレスに入り込み、
どこか怪しいところがないか内部から調査してもらいます。既にお店の方には、私と南の方から
体験アルバイトということで１人雇ってくれるよう、話をつけてあるわ。
あとは、誰が行くかということだけど……」
実験台転じてウェイトレス。
どんな風に話をつけたかはわからないが、悪い話ではない。しかし……。
「ウェイトレスかぁ……ちょっとやってみたい気がせんでもないけど、いかんせん時間がなぁ〜」
「私もバイトの掛け持ちはちょっと……」
「にゃあ！ 千紗、ウェイトレスのアルバイトしたことあるですよ☆ 千紗が行きましょうか？」
「千紗ちぃはやめとき。問題が大きくなりそうや」
「にゃあ……そうなんですかぁ？ 残念ですぅ」
「わ、私も、あの、アルバイトはちょっと……」
「あとは……詠美は問題外として……鈴香はんも忙しそうやな？」
「そうですね、整備班からあたしが抜けるわけにはいきませんから」
「ちょっとパンダ！ あたしが問題外ってどおいうことよっ！？」
「ほんなら残っとるのは……」
ちゃん様の抗議を無視して、由宇が告げた名前、それは。
「瑞希っちゃん、あんたしかおらへんようやな♪」
瑞希の方にポンと手を置く由宇。
「ええっ！ あたしが！？ そんな、あたしウェイトレスなんて……」
そこまで言って、瑞希は言葉を飲み込み、あることを思い出す。
この展開、プロローグ……もとい、さっき考えてたことと同じじゃない。
ここで断れば、今までと何も変わらない……。
ちょうどいい機会なのかも……。
やはり、ここは……。
……。
「お〜い、瑞希っちゃ〜ん？ 帰ってきぃ〜？」
「……よし！」
はたから見るとどこか遠くへ旅立っていたように見えた瑞希は、
強い決意を胸に秘めた表情で真紀子のほうへ向き直った。
そして。
「澤田司令、あたしが行きます。いえ、行かせてください！」
【つづく】