急げ、急げ。

　メイドロボが動き出す前に。

　南の研究室へと辿り着くまで走りぬけ。

 

 

 

　とは言ったものの、実際にはメイドロボと遭遇した地点から南の研究室まで、そう距離は無かった。

　その証拠に、一番に南の研究室の前まで辿り着いたのは詠美。

　例えて言うならば、マラソンでスタートダッシュかまして、すぐヘタってみたりしそうな詠美。

 

 

　彼女は肩で息をしながら、『南のお部屋♪』と書かれたプレートがかかっているドアの前に立った。

　そして脇にある開閉用ボタンを力いっぱい押した。

　プシューという音と共にドアが開き、それと同時に詠美は中へ駆け込む。

 

 

 

「ちょっとちょっと！　あれって一体なん―――」

 

　詠美のセリフは頭上からの衝撃とごわぁんという音によって遮られた。

 

 

 

「何や今の音――！？」

 

　やや遅れて由宇たち４人が研究室に入る。

　そして目の前の惨状に絶句した。

 

 

　そこで彼女らが目にしたのは。

　涙目になって頭を抑えしゃがみこんでる詠美と。

　詠美の前に何故か落ちている、その場にそぐわない物体。

 

 

 

　底が凹んだ巨大なタライだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同人戦隊コミレンジャー

 

 

第１９話

 

 

マシンメイデンにはご用心　　Act.2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あらあら、ノックもしないで入ってきちゃダメですよ〜」

 

 

　研究室の奥からひょっこり現れた女性。

　言うまでもなく、南、その人である。

 

「わかりましたか？　詠美ちゃん」

 

　にっこりと微笑みながらズルズルとタライを引きずり隅っこに追いやる南。

　よく見ると他にもいくつかタライが転がっている。

　ノックをしない無法者に強制的に"ノック"をさせているのだろうか。

 

「……って、そんなのんびりしてる場合じゃなく！　南さん、大変なんです！　通路で会ったメイドロボがいきなり―――」

 

 

 

　瑞希は立て続けに起こった異常な出来事を南に話した。

　パソコンのデータが消えてしまったこと。

　怪しいＣＤのこと。

　メイドロボにＩＤの提示を求められたこと。

　そして侵入者扱いされたこと。

 

 

 

「―――つまり、このＣＤをパソコンに入れただけでおかしくなってしまったのね？」

「はい。もう何が何だか……」

 

　繁々とＣＤを眺めながらの南の言葉に瑞希は頷く。

 

「不良品よ！　ふりょーひん！　パソコンもロボ子もみ〜んなふりょーひん！」

「不良品はアンタの頭ん中だけで十分や」

「もとはといえば詠美さんのＣＤから始まったんですから……」

「それにロボ子って呼び名はちょっと、ね」

「あ、あの、いくら原因が詠美さんにあるからって、そ、そんな責めなくても」

「……わ、わるかったわね」

 

 

　自分の責任だと自覚しているのか、詠美の暴走は控えめ。

　その横で、南は手近にあったパソコンを操作していた。

 

 

「あらあら？　まぁまぁ。なるほど……」

「？　どうしたんですか？　南さん」

「はい。予想通りこのＣＤにはウイルスが入っていたようです」

「やっぱり！　それがロボ子を壊したんでしょ？」

「そう思ってメイドロボ稼動システムも調べたんですが、見たところ特に異常は無いようです。セリオタイプから送られてくる定時連絡信号も問題ありません。警戒状態に入った一体を除けば、ですけど」

 

 

　そう言うと、南は椅子をクルリと回転させ、５人と向き合った。

 

 

「ここで一つの推測が生まれます。メイドロボの機能自体には異常は見られない。皆さんとの遭遇したメイドロボにのみ異常が発生した。では、問題はメイドロボではなく皆さん自身にある……とは考えられませんか？」

「う、ウチらに問題やて？」

「ああああたしたち、何にも悪いことなんて、し、してないですよ？」

「資料整備は精神面を鍛える立派なトレーニングです」

 

　心当たりがあるのかないのか。

　５人は俄かに慌てふためいた。

 

「あ、そういうことではないです。正確に言うと、メイドロボが皆さんを認識する過程におそらく問題があるんですよ」

「過程……ですか」

「ええ。詳しい説明は省きますが、その際に何らかの問題が生じた可能性が高いでしょう……と言うわけで、私はそのあたりをメインに調べてみますね〜」

 

 

　いつもの説明お姉さんっぷりを発揮すると、南はまたパソコンの方へ向きなおした。

 

 

 

 

 

　◆　◆　◆

 

 

 

 

 

　キータッチの音と時折聞こえる南の独り言がしばし部屋を支配する。

　まるで南とパソコンしかその部屋には存在しないかのように。

　では、他の５人は何をしているのかというと。

 

「……ウチら、することないなあ」

 

 

　何もしていなかった。

 

 

 

「だって、部屋から出る訳には行かないし、しょうがないんじゃない？」

「そ、そですよ。またメイドロボさんにＩＤを出せと言われちゃいますよ、きっと」

「……それです」

「へ？　それってどれ？」

「ＩＤがあればメイドロボのチェックを抜けられるのではないでしょうか？」

「おお！　さすがは彩！　冴えとるなぁ！　……でも、ＩＤってなんや？」

 

 

　顔を見合わせる５人。

　誰もＩＤなるものに心当たりは無かった。

 

 

「なぁなぁ、牧やん。ＩＤってのはウチらにもあるもんなんか？」

「ＩＤですか？　ありますよ」

「……あるんだ。知らなかった」

 

　考えてみれば不思議なことだ。

　仮にも部外者立入禁止な所に出入りしている身なのだから、ＩＤくらい知っていて当然な気もする。

　彼女がそう考えたかはわからないが、南は作業を中断して振り返った。

 

「そうねぇ……知りたいの？」

「ええ、是非」

「で、でも、それって難しいんですか？　あたしでも、その、ちゃんと覚えれるでしょうか……？」

「心配要りませんよ、あさひちゃん。覚えやすいように皆さんの特徴をそれぞれ一言で表したものをＩＤにしてますから」

 

 

 

　人差し指をピンと立て、にっこり微笑み南は続けた。

 

 

「たとえばあさひちゃん、あなたのＩＤは”期待の新星”というものです。どうですか？　わかりやすいでしょう？」

「え？　あ、は、はい！　って、そうじゃなくて、その……あ、あたしなんてまだまだだし、そんな……」

「おお〜」

 

　うれしはずかしでなにやらモジモジしているあさひの横では妙に納得するその他。

 

「確かに、ホンマわかりやすいわ」

「でしょう？　似たようなところでは、彩さんの”隠れた逸材”というのもありますね」

「……ぽ」

 

　照れているのか、顔を赤らめる彩。

 

 

「なるほど……でも意外ですね。あたしはてっきり数字の羅列か何かだと思ってました」

「あらあら、惜しいですね。そんな瑞希さんのＩＤは”照れ屋な世話焼き”というんですが……」

「ななな、なんですかそれは！」

「瑞希さんの特徴そのままかと……」

「せやな」

「でも、実はそれ以外にも”160916088”というのも候補に挙がっていたんですよ」

「1609……？　なにそれ？　どーゆういみ？」

 

　単なる数字の列にしか思えないＩＤに、皆そろって首をかしげる。

　しかし、程なくして瑞希だけはその数列の意味に気づき、顔を真っ赤にしたり青ざめたりし始めた。

 

「ま、まさか、そんな……いや、でも……ええっ！？」

「なんや瑞希っちゃん、ちょっとおもろいで？」

「ふふふ。まぁ、プライバシーの問題もあって見送られちゃいました」

「あ、あたりまえですっ！」

「あら。同じ女性としてはうらやましい限りなんですけどね」

 

 

　怒りと羞恥を織り交ぜた抗議する瑞希を笑顔であしらう南。

　その横ではわくわく顔の由宇。

 

 

「なぁなぁ、ウチのは何て言うん？」

「由宇ちゃん、知りたい？」

「当たり前やん！」

「ふふ。由宇ちゃんのＩＤは私も気に入ってるの」

 

 

　とってもかわいいのよ、と微笑む南。

　そして一言。

 

 

「”ひんにゅーめがね”っていうの」

「……へ？」

 

 

　眼鏡の奥の目が点になった由宇。

　あまりに予想外だったのか魂がどこかへ旅立っているようだ。

 

「……今、なんて？」

「ひんにゅーめがねよ」

「……もっかい言うて」

「ひんにゅーめがね」

 

 

　10秒程して、旅立っていた由宇の魂が帰還した。

 

「―――誰が貧乳眼鏡やねん！　つーか間違っとるとキッパリ否定できんのがまた腹立つわ！」

「違うわ由宇ちゃん。”ひんにゅーめがね”よ。漢字で書いたらかわいくないでしょ？」

 

　どこからか取り出したホワイトボードに、南はご丁寧にも平仮名で書き表し、それを由宇に見せた。

 

「あ、なるほど……って、そんなんどーでもええんや！　しかも一瞬かわええと思った自分がまた腹立つー！！」

「あははははは！　ひんにゅーめがねだって！　よかったじゃないパンダ、かわいい名前もらって〜」

「名前ちゃうわアホぉ！　せや、牧やん！　こいつのＩＤはなんつーんや！？」

「詠美ちゃんのＩＤ？」

「ふふん！　パンダに聞かせてあげてちょーだい、あたしのカレーなる名前を！」

 

 

　そのパンダと３センチ差の胸を張り、詠美は自信満々声高らかに促す。

　南はそれに従い、詠美と由宇にＩＤを告げた。

 

 

「”え？女帝？”っていうんだけど」

「……」

「……」

 

 

　南によって瞬間この空間の時が止められた。

　胸を張ったままの詠美。

　それを指差したままの由宇。

　そして時は動き出す。

 

 

「ちょっと待ちなさいよなんなのそれは〜！」

 

　詠美と由宇の前にはホワイトボードに書かれた『え？女帝？』の文字。

 

「アホやアホや！　ＩＤやのに疑問形やて疑問形！　アンタにピッタリやん！」

「でしょう？　詠美ちゃんほどはてなマークが似合う人はいないと思って」

「ふみゅ〜ん！　ふみゅふみゅみゅ〜ん！！」

 

 

　『何よう！　あたしはちゃんと女帝なんだから〜！』

　とか言いたかったのだろうが、ちゃん様語暴走のため彼女の抗議は意味不明に終わった。

 

 

「……え〜と。大庭さん、あたしは結構かわいいと思うけど、そのＩＤ。ね、あさひちゃん？」

「ふぇ？　あ、そ、そうですね！　あたしもそう思います！」

「他に類を見ないという意味では、詠美さんにこそ相応しいかと」

 

　蚊帳の外だった３人が仕方なくフォローに回る。

　褒められたりそうでもなかったりするコメントを聞き、詠美は。

 

「ほ〜らね！　わかる人にはわかるんだから、あたしの名前のすばらしさが！」

 

　案の定踊らされているのであった。

　ちゃん様たる所以である。

 

 

 

 

 

　◆　◆　◆

 

 

 

 

 

　再びすることがなくなった５人。

　南は未だディスプレイと向き合ったまま。

　ただし先程までとは違い、キーを叩く手を休めて何か考えを頭の中で廻らせているようだ。

 

 

「……あ」

 

　その中で、あさひがふとある事を思いついた。

 

「あ、あの、そういえば、ＩＤ教えてもらったから、もしかして外に出てもいいんじゃ……？」

「……忘れてた。あたしたちその為にＩＤを聞いたんだっけ」

「せやったな、ウチもうっかりしとったわ。危うくおもしろＩＤ聞いただけで満足するトコやった」

「では早速……」

 

　ゆっくりと腰を上げる彩。

　それにつられるように瑞希たちも立ち上がろうとした。

 

 

「あ、外に出るのはちょと待ってくださいね。危ないですから」

 

　だがそれを遮るような南の言葉。

　ディスプレイとお別れをし、椅子に座ったままクルリと半回転する。

 

 

「危ない？　どうしてですか、南さん？」

「折角ＩＤを教えてもらったのに……軟禁ですか？」

「意味不明よ、いみふめー！」

 

　疑問と非難の視線が注がれる中、南は特に気にした様子も無く淡々と説明を始める。

 

「そうですね……。じゃあ逆に質問です。どうして私は皆さんにＩＤを教えたと思いますか？」

「そりゃウチらが頼んだからとちゃうん？」

「それはそうですけど、本来なら教えるべきものではないんです。にもかかわらず皆さんに教えたのは……」

 

　コホンと一つ咳払い。

　そして皆の反応を窺うように一言。

 

「今のＩＤを知っても意味がないからなの」

 

 

　……。

　…………。

 

 

 

「あ、理解できてませんね？」

 

　こくこくこく。

 

　仲良く頷く五人衆。

　それを見て南はススッとマウスを動かした。

 

「これを見てもらえばわかるかしら」

 

　南が示した画面には『Unknown』の文字が並んでいる。

　元々は何らかの情報を表していたようだが、これでは何を表しているのか全く不明である。

 

「……わけわからんことだけはわかるな」

「実はこれ、皆さんの個人データの画面なんですけど、無くなっちゃってるんです。皆さんのデータが。ですから、メイドロボにＩＤを示しても意味がないんです」

「そんな……でも、無くなったってどうしてなんですか？」

「……解析の結果、何者かに奪い去られた形跡がありました。おそらくこのＣＤの製作者でしょう」

「！」

 

 

　奪われた、ということは、データを手に入れることで何らかの益があるものの仕業であろう。

　コミレンジャーである彼女らのデータを狙う者など自ずと限られてくる。

 

 

「そして解析中、このＣＤから悪のコミックパワーが検出されています」

「ということは……」

「ええ。私はこれをハラジロシスターズの手によるものと断定します」

「……やっぱり」

 

 

　一同の間に緊張が走る。

　瑞希は南に詰め寄り、とっさに浮かんだ疑問を投げかけた。

 

「千紗ちゃんや鈴香さん達のデータは！　もし千沙ちゃんがメイドロボに攻撃されでもしたら……！」

「あ、それは大丈夫です。確かに２人と私のデータも無くなってますけど、千沙ちゃんは今日休日なのでアルバイトに出てますし、鈴香さんは出張で外に出てますから」

「あ……そうですか。よかった……」

 

　瑞希を落ち着かせるように微笑む南。

　それにつられ瑞希も安堵の絵美を浮かべる。

 

 

 

　と、そこで。

　彩がポツリと呟いた。

 

「……司令は？」

「あ、先輩……じゃなくて司令ですか？　えーと、何故か司令のデータだけ無事なんですよ。それとその他一般の隊員さんもですね」

「なんで？　ぱんぴーはともかく、なんでマキちゃんは大丈夫なのよう？」

「さぁ、そこまではまだわかりませんねぇ」

「き、きっと司令のセキュリティは、えと……す、すごいんですよ」

「あー、そやなぁ。なんたって司令やしなぁ」

「うん。あたしもそう思う」

 

 

　とりあえず『司令は凄いから』で意見統一された模様。

　しかし実際はそんなことなく、それほどセキュリティは変わらなかったりする。

　という事実を南は言いたかったが、妙に納得している５人を前に言いそびれてしまった。

　なので、話を強引に進めることにした。

 

「それでですね、奪われたデータが悪用されると大変なので、一刻も早くハラジロシスターズから取り戻して欲しいんですよ」

「わかりました！　って、メイドロボに会ったら危ないんですよね？」

「そうですねぇ」

「……どうすればいいんですか？」

「そこは皆さんの知恵と勇気でなんとか。私もサポートはしますから」

「……」

「では、いってらっしゃーい♪」

 

 

 

 

　何やら釈然としない瑞希他。

　だがここでごねても無駄そうな空気が漂うのも事実。

 

　腹を決めた５人は、ハラジロシスターズからデータを取り戻すべく、立ち上がるのだった。

 

 

 

 

 

【続く】