人は誰しも、少なからず『大切なもの』と呼べるものを持っている。
それはまさに千差万別。
ある人にとっては、高価な物。
またある人にとっては、思い出の品。
はたまた愛する人や友人、家族。
そして『萌え』という言葉をよく知る彼女らにとっては―――。
◆ ◆ ◆
ここコミックＺでは、ちゃん様こと大庭詠美がディスプレイの前で目を丸くしていた。
「へ？」
まずは驚き。
目の前で起こっている状況を理解できないのだろう。
まばたきも忘れ、ぽけーっとディスプレイを見つめる。
「え？ ちょ、ちょっと、どういうことよ？ うそでしょ？ そんなことあるわけないじゃない！」
続いて焦り。
次第に事の重大さに気づき、それが何かの間違いであることを期待している。
マウスを操る手の動きもせわしない。
「ちょっと待ちなさいよ！ 冗談じゃないわよ！」
そして怒り。
どうにかしたいがどうにもならない。
そんな憤りが彼女を襲う。
「あたしは詠美ちゃん様よ！？ 世界が許してもあたしは許さないんだから！ あーもう、なんなのよ！ ムカつくぅ〜〜〜！！」
「やかましい」
スパーンと乾いた音が響く。
無駄な力の入らない、スナップの利いた由宇のハリセンが、詠美の後頭部を打ち抜いた。
「たまには静かにしといてもバチはあたらんと思うで？」
詠美の奇行にも慣れっこな由宇は、特に怒ることもなく、後頭部をさすっている詠美の首根っこを掴み部屋の隅へ引っ張っていく。
そんな由宇の格好は、Ｔシャツにイエローのジャージという、いかにも運動向きのもの。
他の４人――瑞希、詠美、彩、あさひも、それぞれのシンボルカラーのジャージを身にまとっている。
コミックＺ最下層部である『Ｚフロア』。
そこにある様々な施設の一つ、トレーニングエリアに彼女達はいる。
何をしているかと言えば、トレーニングルームなのだから当然運動……ではなかった。
彼女らは、自らの力を引き出すのに必要な『熱く萌える心』を鍛えているのだ。
瑞希は衣装作りに精を出し――。
由宇は妹がたくさん出てくるゲームをやり込み――。
彩はよくわからない資料の整理をし――。
あさひは読書に励み――。
とにかく、各々の方法で萌える心を鍛えていた。
鍛えているはずだ。
でもジャージを着ている意味は全く無かった。
さてさて。
いつもなら『ふみゅ〜ん』としおしおになるちゃん様だが、この日はちと違った。
ズルズル引きずられながらもその態度は変わらない。
「ちょっとパンダ！ あんただってシャレになんないんだからぁ！ あれ見てみなさいよぅ、あれ！」
と言ってデータ整理のために置いてある、先程までいじっていたパソコンを指差す。
由宇と詠美の２人は、密かに原稿の資料やネタをこのパソコンで集めていたりした。
曰く、『だってタダやし』だそうな。
「ん？ なんや、パソコンがどないしてん？」
「はっ！ そんな落ちついてられるのも今のうちよ！ 早くあんたもあわてふためくがいいわ！」
「……なんやっちゅーねん、まったく」
由宇は詠美の襟元から手を離し、パソコンの前へ移動した。
その際、急に手を離されたちゃん様が後頭部を床に強打したことは当然のように無視された。
「え〜と……」
とりあえず、見たところは何もない。
何もファイルの無いウィンドウが開かれているだけ。
「……ちょい待ち」
しかし由宇は気づいた。
そのフォルダにつけられた名前が自分の見覚えのあるものだと。
同時に他のフォルダを確認すべく、せわしなく右手を動かす。
―――そして、一呼吸。
「な、な、な、なんでやぁぁぁぁっ！？」
同人戦隊コミレンジャー
第19話
マシンメイデンにはご用心 Act.1
「こらぁ！ 大ばかぁ！ あんたの仕業かこいつわぁ！？ どこ隠したぁ！ 答えんかいっ！！」
後頭部を押さえうずくまっていた詠美の襟首掴み上げ、由宇は容赦なくガックンガックン揺さぶった。
詠美はしばしされるがままに揺さぶられていたが、首が嫌な感じに曲がりそうになったところで抜けかかっていた魂が戻ってきた。
「ちちち違うわよっ！ よく見てみなさいよ、あたしのデータもないでしょ！ てゆーかあんたがやったんじゃないのパンダ〜！」
「んなことゆーのはこの口かっ！」
「い、いひゃい、いひゃい！ や〜め〜ひぇ〜！」
詠美の頬を上下左右に引っ張り伸ばす由宇。
そんな寸劇を横目に、彩は資料整理をやめて件のパソコンをいじっていた。
一通り調べた後、小首をかしげる。
「詠美さん、嘘は言っていないようですよ？」
「せやろな。さっきの驚き様からしてコイツはホンマのことを言うとる筈や」
「そうですね。詠美さんにそれほどの演技力があるとは思えませんから」
由宇はあっさりとちゃん様いじめを止め、何気にひどいことを言い放ってたりする彩の傍へ行く。
その後ろでは、ちゃん様が頬と後頭部を押さえつつ目に涙を浮かべしおしおになっていた。
彩の横に座ると、由宇は腕組みをして考え始めた。
「だとすると、や。問題はなんでウチらのデータがいきなり消えてもーたのかってことやな」
「詠美さんのせいではないとすると、何らかの外的要因によるものなのでしょうか？」
「う〜ん、外的要因っちゅーてもなぁ……」
「……」
思い当たる節がないのか、黙り込んでしまう２人。
すると、それまで衣装作りをしながらも事の成り行きを気にしていた瑞希が顔を上げた。
「ねぇねぇ、猪名川さん」
「なんや、瑞希っちゃん？」
「実は誰かがＣＤ−Ｒとかにファイルを移してた……とかはないかな？」
「バックアップか？ ウチは別にやっとらんし、詠美もたぶん同じやろ。誰か都合ようバックアップしてへんかなぁ……」
んなわけないやろなぁ、と心の中で続けながら、由宇は何気なくＣＤトレイのボタンに指を伸ばした。
ウィーンとトレイが出てくる。
そこにはＣＤが入っていた。
見慣れぬＣＤが。
「……なんやこれ？」
ＣＤの中心にある穴に指を突っ込んでトレイから取り出し見てみるが、なんだか胡散臭い。
「ＣＤ−Ｒですね……」
そう、確かにＣＤ−Ｒ。
ただし、無地のシルバーな印字面にはタイトルも何も書かれていない。
「何のＣＤ？」
瑞希に言われ、由宇はＣＤ−Ｒの記録面を見る。
が、見たところほんの僅かなデータしか書き込まれていない様子。
「わからん……わからんけど、やたら怪しいんは確かや」
「確かめてみますか？」
「毒を食らわば皿まで、ってやつやな」
由宇はゆっくりとトレイに謎ＣＤをセットし、ボタンを押す。
再びウィーンという音を鳴らし、ＣＤがドライブに飲み込まれていく。
その様子を３人は緊張した面持ちで見守っている。
ドライブのランプが点灯し、ＣＤが認識される。
その結果―――。
「……間違いないな」
「ええ、間違いありませんね……」
「うん……あたしもそう思う」
３人の見つめるディスプレイは、ドクロの形をしたアイコンで埋め尽くされていた。
「さて、原因はわかったところで問題は……」
「このＣＤが誰のものか、ということですね」
「せや。データが元に戻るかどうかはともかく、いっぺん犯人をしばいたらんと気がおさまらへん！」
グッと力を込める由宇。
その手にはハリセンが。
「いたたた……んもー、なにすんよ全く！ このあたしのびぼーを台無しにする気！？」
暴行予告をする由宇の後ろで。
しおしお状態から復活したちゃん様が、頬をさすりながら起き上がった。
いまだ涙目なのがかわいいといえばかわいい。
「……」
そんなちゃん様を見て、３人は互いに目を合わせ、無言で頷いた。
アイコンタクトはバッチリ。
「ちょうどええ。詠美、あんたこのＣＤ誰んか知らんか？」
言いながらＣＤをドライブから取り出す。
詠美は何？何？といった表情で由宇の背中越しに見ようとしている。
そしてＣＤは由宇の手に収まり、ちゃん様の前に突き出された。
「あ、それあたしの」
「やっぱりお前の仕業か〜〜〜っ！！」
外界から遮断されたＺフロア。
そこから地上まで届きそうなほど盛大なハリセンの音と悲鳴が響き渡った。
◆ ◆ ◆
「ほな、アレは拾いモンっちゅーことか」
通路を歩く５人。
とりあえず原因をＣＤと定め、南に解析してもらうべく彼女の研究室を目指すことにした。
由宇を先頭に詠美、彩、その後ろには未だ読書に集中しているあさひと、彼女に並ぶ形で瑞希が続く。
「拾ったってゆーか、あたしのスペースの机の上に置いてあったんだもん。それってあたしの物ってことでしょ？」
「いや、それはどーやろ……」
さも当然のようにのたまうちゃん様。
彼女が言うには、例のＣＤはこみパに参加したときに入手したそうな。
早々に完売を果たした彼女がふと机の上を見てみると、いつのまにかそれが置いてあったらしい。
普通なら誰かの忘れ物かと思っても良いものだが、そこはちゃん様。
『変わった差し入れね〜』などと言い普通に持ち帰ったのだった。
「でも、何故ここのパソコンを使ったんですか？ 普通なら自宅のパソコンで起動させそうなものですけど」
「いやよ。おっかないじゃない」
「……詠美さんにもその程度の危機意識はあったんですね」
「え？ なんか言った、彩？」
「いえ、別に……」
さらりとした彩の皮肉にも気づかない詠美。
ちゃん様のちゃん様たる所以と言えよう。
「ま、あれが詠美のモンっちゅーことは、牧やんに叱られるときはあんたが先頭に立つってことやな」
「……へ？」
「そうですね。持ち主ならば責任を取るのは当然です」
「ちょ、ちょっと、何であたしが――」
「観念しぃ」
後ろから両肩をつかまれ先頭に立たされる詠美。
その姿はさながら盾のよう。
「ふみゅぅぅぅん！」
めっちゃ脆そうな盾ではあったが。
「……ねえ、あさひちゃん」
「……」
「あさひちゃん？」
瑞希は隣を歩くあさひに声をかける。
が、当のあさひの耳には届いていないようだった。
流石はプロ、と言うべきか。
時たま見せる彼女の集中力には目を見張るものがある。
「お〜い、あさひちゃ〜ん」
「―――ふぇっ？ あ、えと、なんですか瑞希さん？」
瑞希に目の前でぶんぶん手を振られ、あさひはようやく気づいた。
慌てて落としそうになった台本をギュッと抱きとめる。
「あ、ゴメンね、驚かせちゃったかな」
「い、いえ！ あたしの方こそごめんなさい！ あの、あたし、たまに周りが見えなくなっちゃう時があって、その……」
「ううん、気にしないで。それにしても、そんなに集中して何読んでたの？」
あさひに抱きかかえられた本を覗くように見る瑞希。
その表紙に『ピーチ』の文字が書かれているのが、あさひの腕の隙間から見え隠れしていた。
「ピーチ？ ピーチの本なんだ」
「は、はい。でも、本っていうか、台本なんです。今度やる特番用の……」
「え？ ホント？ 見せて見せて……って、やっぱりいいや。楽しみに取っとこうかな」
と、言ったものの。
やはり気になるのか、瑞希の視線はチラチラとあさひの台本へと向けられている。
その事に気づいたあさひは、様子を伺いながら台本を瑞希に差し出した。
「あの……よ、読みますか、これ？」
「う。誘惑に負けそう。……じゃあ、読む代わりに、あさひちゃんに一つだけセリフを読んでみて欲しいなー、なんて。ダメかな？」
「セリフですか？ はい、いいですよ♪ えと、じゃあ、これなんてどかな……」
すぅっと軽く息を吸い込むと、あさひの目は声優のそれに変わった。
「『あたしは負けない！ あたしを支えてくれたみんなの為にも、ここで立ち止まるわけにはいかないの！』」
「お〜〜！」
プロの技を間近で見た瑞希はパチパチと賞賛の拍手を送った。
あさひの声に惹かれてか、前を歩いていた由宇たち３人も振り返り、感嘆の声を上げる。
「いやぁ、さすが本職やなぁ。セリフに魂がこもっとるわ」
「ま、なかなかいいセンいってるんじゃない？ 結構似てたし」
「……本人ですから当たり前です。でも本当に凄いです。たった一言でこれだけ引き寄せられるなんて」
「そ、そんなことないです……あたしなんてまだまだだと思うし……」
賞賛の言葉に照れてるあさひを中心に、５人は研究室へと向かっていた。
いくら広いとはいえ、そこは基地の中。
トレーニングエリアから研究室まで歩く間に、事件など起こるはずが無い。
彼女らは無意識にそう感じていた。
それは往々にして正しかった。
途中で『彼女』に会うまでは―――。
「――……」
そこには一体のセリオタイプメイドロボの姿があった。
彼女は５人に気づくと、無言のままその姿をじっと見つめた。
「む、無口な方ですね」
「セリオタイプやからな。こんなもんやろ」
ここまでは日常。
ここからは非日常。
特に何をするでもなく立っているメイドロボの横を、５人が通り過ぎようとした、その時。
それまで黙っていたメイドロボが口を開いた。
予想し得ないセリフと共に。
「――容姿データ検索……照合不可。ＩＤを提示してください」
「……へ？」
メイドロボの言っていることをとっさに理解することができず、瑞希はまぬけな返事を返した。
「ど、どういうことなの？ わかる、猪名川さん？」
「ウチに振らんといて。わかるわけないやん」
「……そもそも、私達にはＩＤが与えられているのでしょうか？」
「な、無いような気もしますよ？」
とかなんとかやってるうちに。
メイドロボは表情一つ変えず、再び要求してきた。
「――繰り返します。速やかにＩＤを提示してください」
「ねえ……あたし、何だか物凄く嫌な予感がするんだけど」
「偶然ですね。私もそんな気分です……」
「あ、あの、とりあえず何か提示してみた方が……」
「しょーがないわね！ ここはちょうリーダーな詠美ちゃん様の出番かしら！」
「せや、ウチらがここの関係者な証拠をビシッと見せたりぃ！ 別にリーダーやないけどな」
なにやらゴゾゴゾとポケットをあさるちゃん様。
一同が見守る中、彼女は得意げにある物を取り出し、頭上高くそれを掲げた。
「ひかえおろ〜〜〜！」
「なんで印籠やねんっ！！」
由宇のハリセンが三度詠美を襲った。
そして、そのまま１０秒ほど固まる周囲の空気。
…………。
……。
「――ＩＤ提示要求拒否。侵入者と認識。排除行動開始。サテライトサービス接続中……」
「ちょちょ、ちょっと待ってよ！」
「あ、あわわわ、どどどどうしましょう！」
「とりあえずこの場から離れた方が……！」
言うが早いか、一斉にダッシュする５人。
後ろを見ると、メイドロボはまだ追ってこずにその場に立ち止まっている。
「アンタのせいやで！ ったく、しょーもないネタ仕込みおって！ なんであんなん持っててん！？」
「う、うるさいわねぇ！ あたしの万歩計にケチつける気！？」
「万歩計やったんかあれ……」
「そんなことどうでもいいから、南さんの部屋へ急いで！ 南さんならきっとなんとかしてくれる！」
そんな確証は無い。
無いのだが、とにかく一向は南の部屋を目指し、走り続けた。
【続く】