同人戦隊コミレンジャー 〜 宿命の対決！ レッド VS タングス天王 〜
原作 ： ゴンジー会長様
いらん事をした人 ： あつやん
カンカンカンカン……
石造りの廊下に戦士達の足音がこだまする。
コミレンジャー達がハラジロシスターズの本拠地であるシメキリオトス城への侵入を果たしてから、
かなりの時間が経過していた。
階下で始まった最初の大きな戦いはすでに決着がつき、蒼き戦士・コミパダークが、
旧友をカリスマンの洗脳から救い出すことに成功した。別のフロアでは、
白銀の少女・コミパシルバーが、最愛の兄との絆を取り戻すべく、闘神ラ・オーの許に向かっている。
そしてレッド・ブラック・イエロー・グリーン・ピンクの５人は、
最上階に居るであろう総統・カリスマン唯一人に目標を定め、疾走していた。
戦いはついに最終局面へと突入していく……
「グリッターズが敗れたか……ご苦労。下がって良い」
闇の中から響く主の声。それ絶大なプレッシャーとなって聴く者の心臓を圧迫する。
伝令役の戦闘員はその空気に耐え切れずにブルリと身を震わせると、一目散に玉座の間を立ち去った。
「あの者達を相手に、ここまで鮮やかな勝利を決めるか……なるほど、彼奴らは今までの輩とは違い、本物だったということかな」
「意外か？」
玉座に座ったままひとりごちた男に、やや軽めの声がかけられる。
姿勢を崩さぬままに目線だけを前に送ると、そこには人影がひとつ、
ほとんど光の差し込まないこの広間の景色に同化してしまったかのように佇んでいた。
黒い衣、漆黒のマント、顔を銀色の仮面で覆った姿……それは言わずと知れた玉座の男の腹心。
「意外だったのか？」
再度聞き直す部下の声に、主は薄笑いを浮かべて首を振る。
「あれほどの力を持ったもの達だ。何れ我輩が直接相手をせねばならぬやも知れぬ……
実現する可能性が低いとは言え、それは以前から考えられていたこと。今更、歯牙にもかけぬよ、まい同志」
「そうか」
いささか満足そうに一言つぶやいて、漆黒の将軍は光の届く場所に進み出た。
カチャリ、と小さく無機質な金属音が静寂の中に響く。
カリスマンは玉座に座したまま、軽く眉を動かした。部下の装備は黒いブレスアーマーと大振りの剣……
城詰めの際における軽装ではなく、戦闘準備が完璧なまでに整った様相である。
押し黙っている主を尻目に、タングス天王は無言で膝をつくと、左胸に手を当て、頭を垂れた。
「総統陛下に、出撃許可を頂戴しに参りました」
「……ここには今、お前以外に誰も居らぬというに、随分改まった物言いをするのだな」
「重大局面なんだ。立場的なことも含めて、一応、礼は尽くしてしかるべきじゃないか？」
僅かな沈黙の後、カリスマンは不機嫌そうに目を細めた。そして、「行くのか？」と小さくつぶやく。
「見る限り向こうは全力だ。おそらくこれで最後にしようっていう腹づもりだろう。
こうなっては俺と雄蔵さ……いや、闘神殿以外に、あいつらを止められる手駒など無いからな」
「あえて聞こう。奴らと戦い、もう一度我が前に戻って来る気はあるのか？」
「……」
問いに応えは返らない。彼が部下のうちで唯一『朋友』と形容する男は、無言のままに自分を見つめるのみ。
瞬時に理解する。この意思は、もはや変わらない。
深いため息をひとつつき、カリスマンは将軍に告げた……「許す」と。
一礼。そしてタングス天王はきびすを返し、
「……悪いな。だが、失望だけはさせないつもりだ」
闇にまぎれる直前、振り返らぬまま言葉を残した。
「何故に苦悩する……？ 我輩と共に覇道を進むという選択をしながら、
未だにその『正義』を完全に認めようとしないのは何故だ……」
暗がりに消えた部下の背に、彼はやや落胆したような視線を送り続けていた。
親友である主君の部屋を辞してから、タングス天王
― 和樹は、しばらく屋上で階下の喧騒を眺めていた。
彼の見下ろす先 ― 外部にむき出しになっている渡り廊下の部分
― では、防衛隊として配備されていたオ・ターク戦闘員と、
彼が見知った５人との戦闘が始まっている。
この戦い、最初は数で勝っている戦闘員が押し気味に展開していたのだが、
５人がそれぞれの必殺技をテンポよく使い始めてからは、まるっきり形勢が逆転していた。
己の予測通り、戦闘員を使っての時間稼ぎは、もはや無意味であり不可能であろう。
彼女達はそれだけの力をつけてここへやって来た。このままだと玉座の間への到達には時間などかかるまい。
「いよいよか……」
自然と笑みが漏れた。
「お前は何故笑う？」
ジャリ、という靴が砂を咬む音と共に、和樹の背後に巨大な気配が現れる。
驚いて振り返ると、そこには気配に違わぬ体躯を持つ男が一人。
「雄蔵さん」
「こういう時に、そのような質の笑いを漏らすべきではないと思うが？」
「……かもしれませんね」
和樹は自分の真横に立った雄蔵から視線をはずすと、再び階下の喧騒へと戻した。
相変わらず５人は見事な立ち回りを演じ、数を頼みに力押しする戦闘員達を翻弄している。
以前に相見えたときよりも格段に力をつけたことがありありと判るほどに。
「千堂……」
雄蔵が口を開きかけた。しかし、その先を手で制す。「言わないでください」とでも告げるように。
軽く顔をしかめた雄蔵に、今度は和樹が言葉を紡ぐ。
「雄蔵さんこそ、よろしいんですか？ 郁美ちゃんの処へ帰らなくとも。
彼女はあなたがここに居ることを良しとしていない。あなたが帰ってくるのを待っている」
「確かにそうだろう。郁美は、オレがカリスマンの掲げる正義を、ただの一度たりとも認めていないことを知っているのだから。
だが、オレはまだ奴に借りを返していない。あの事故の時、瀕死の郁美を救ってくれた恩を、な」
「義に殉ずる……その行動こそが、郁美ちゃんとあなたが戦うことになるかもしれないという危険を、
そして矛盾を孕んでいてもですか」
静かに言い放つ和樹に向け、ふっ、と雄蔵は哀しげに笑った。
「残念だがそれは起こり得ないことだ。あいつはもう戦えぬよ……表面的には治癒しているように見えるが、そんな体ではないのだ」
遠くを見つめ、目を細める。
しかし、次に和樹が投げかけた言葉は、雄蔵を驚愕させるに十分な威力を持っていた。
「……来ていますよ、郁美ちゃん。この戦いに……」
「何！？」
馬鹿な……と漏らす巨人は大きく目を見開き、表情を失っている。
「どうします？」
俺はどちらでもかまわない。いや、むしろ……そんな期待を込める和樹。
雄蔵はしばらく沈黙したままで居たが、ややあって一度両目を閉じた後、淡々とした口調で告げた。
「妹の不始末は、兄であるこのオレがケリをつけるべきことだ」と。
「よろしいんですか？」
「構わん。いつまでも妹に、あのような甘い正義を信じさせておくわけにもいかぬ」
「ですが！」
「くどい！」
あわよくばこのまま兄妹で、と思って説得を続けては見たものの、雄蔵の強き信念は揺るがない。とうとう和樹は折れた。
「……判りました……俺個人としては承服しかねますが、ここは部外者が口を挟むべきではないのかもしれませんね。
郁美ちゃんは俺が責任を持って迎賓室のほうへ案内します。しかし雄蔵さん、どうか、後悔の無い結末を……」
「すまんな、千堂」
不器用な謝辞の言葉と共に、隣にあった気配が消えた。
「馬鹿ですよ、雄蔵さん……あなたはまだ、後戻りすることができるのに」
やや痛みが伴った笑みを雄蔵が去ったと思われる方向へと送った後、和樹はテレビのチャンネルを変えるが如く、
がらりと雰囲気を一変させた。
「だが、俺はもう戻れない。このまま終局まで突き進むのみ！ さぁ、開幕のベルを鳴らすとしようか！！」
口端を不気味に歪めた剣士の体からは、陽炎のようにコミックパワーが立ち昇る。
それらはやがて城へと吸い込まれ、また空中へと霧散し、最終的には静かで濃密なる美しさを伴ってシメキリオトス城全体を覆った。
「どうやら大志だけを狙って突き進んでいるようだが、そうはさせない。惑うが良い、我が光が創出せし幻妖の宮殿にて……
俺は先に舞台に上がり、お前たちの到着を待っていよう。最後の決戦だ！ コミレンジャー！！」
大きく円を描くように両腕を交差させ、左右に払う。
光の海に波紋が広がった。
「幻光拳『創』の型奥義！ 『空想の海』！！」
渡り廊下の防衛隊を一掃したコミレンジャー達は、さらに歩を早めていた。
「思った以上に……時間……とられてしまいましたね……」
「ええ、急がないとまずいわね。カリスマンがなにやら怪しい動きを執り始めてから、もうかなり時間が経つわ」
最上階へ向かっているはずの廊下。ブラックの呟きに、襲い来るオ・ターク戦闘員を斬り飛ばしつつ、レッドが応えた。
「せやな……ピンク！ 状況はどうや？」
振り返るイエローに応えて、ピンクはすぐにスキャニンググラスで検索をかける。
「だ、大丈夫です。ま、まだ大規模なパワーの発動は起こってません」
「なぁんだ、ぜんぜん余裕じゃない。やっぱりカリスマンなんてヘボヘボのぴ〜じゃ……！」
やや落ち着いた溜め息をグリーンがつきかけたとき、周りの空間がゆらりと動いた。
「何！？」
驚くレッドを尻目に、突如現れた光はじりじりと広がり、天井を、壁を、廊下を、さらには景色すらも侵食している。
ピンクが慌てたように声を上げた。
「こっ、コミックパワーによる空間干渉ですっ！ このままだと……きゃああぁぁ！！！」
しかし、彼女が全てを言い終わるのを待たずして、突風のような激しい圧力が５人を襲った。
カリスマンの力なのか？ 誰ともなくそう考えたのであるが、あの圧倒的なまでの邪気は、この力の奔流の中には感じない。
それどころか、彼女達に傷をつける意思すらも。
一体誰が？
何のためにこの力を？
脳にそんな情報処理を微塵もさせる暇を与えることなく、衝撃波が５人の体を突き抜ける。
ぐらぐらと揺れる視界に辟易しながら起き上がったとき、５人はそれがなんのためのものだったのかを理解した。
「なっ……なんじゃこりゃぁぁぁぁぁ！！！！！」
真っ先にイエローが某名台詞を叫んだが、他の面々にしても感想は似たようなもの。
トンネルのむこうは、不思議の町でした……
もとい
目を開いた先にあったものは後にも先にも、広大なる空と、どこまでも広がる海。
その限りない青の中にぽつんと浮かぶ何も無い島の上に彼女達は立っていた。
「ふみゅうぅぅっ！ ここはどこよ！」
「……どこかへ……飛ばされたような感覚は……ありません……でしたけど……」
「しっかし、けったいな所やなぁ」
「ピンク、場所は判る？」
「あ、ちょっと待ってください。スキャニンググラスの視界を、牧村博士の蜂型監視マシンの眼とシンクロさせてみます」
要望に応えて、ピンクは右のこめかみあたりに指を伸ばし、何度か操作を行った。だが、途中から涙目で
「えと……えと……」と繰り返しているあたり、結果はあまり芳しくないようである。
「あの……ピンク？ どうしたの？」
なんだか見かねてしまったレッドが話しかけると、
「グスッ……なんにもみえませぇん……」
と、どこか打ちのめされてしまったような返事が返ってくる。
そして、余計な一言が飛んだ。
「ええっ！？ なにやってんのコパンダマーク２！ あんたがわかんなきゃ、あたしたちどーすんのよ！」
「ひっ！ あ、あの……あの……」
「話をこじらさすな！ 大バカッ！」
ビシィッ！
「ふみゅうっ！ パンダァァッ！ にんげんさまに向かって何すんのよぉ！！」
「ひっく……ごっ、ごめんな……さ……い……わ、わたし……わたし……」
「わ〜っ！ あさひちゃんっ！ ちょっとストップ！！ スト〜ップ！！ 怒ってない！ だれも怒ってないから！！」
ともかくこの後は大変だった。
イエローはとりあえず手持ちのハリセンでグリーンを張り倒し、ブラックはひたすらピンクの頭を撫で、
そしてレッドが必死でなだめすかせて、彼女が話をできる状態まで持っていくのに十数分。
また、ハリセンの一撃で頭に血が上ったグリーンと、その態度にブチ切れたイエローの二人をクールダウンさせるのにさらに十数分。
急がねばならない割には、ずいぶんと不毛な時間をすごしてしまった５人だった。
「で、結局のところ、『密度の濃いコミックパワーのためにあらゆる力が遮断されているけれど、
城の外に放り出されていないことは確実なので、この景色は幻覚の一種だろう』という風な理解の仕方でいいの？ ピンク」
「えと、あ、は、はい。問題ありません」
ようやく冷静さを取り戻した彼女達は、とにかくこの状況の打破にかかる。
とはいえ、あらゆる力が遮断されてしまうこの空間では、先程のシンクロ失敗の件もあるため一抹の不安は残るものの、
ピンクのスキャニングシステムに頼るしかない。
４人の期待を一身に受け、彼女はもう一度、右こめかみあたりにある、システムの操作パネルに手を伸ばした。
「どや？」
「あ、はい。やっぱりあらゆる分析法に対して、
周囲のコミックパワーから制約がかけられてしまってるのは変わらないんですが……」
「ですが？」
「えと、はい、ひとつだけ。パワーの密度の違いを読み取ることができました」
身を乗り出す仲間達に、にっこりと笑顔を返すピンク。
「……密度……ですか？」
「それだけだと、なんや判らんなぁ……」
「あ、えと、おそらくこの技は、一定の空間を純度が高められたコミックパワーで覆って、
相手に幻覚を見せるという性質のものだと思うんですが……その、そ、それが、
この方向だけパワーを含ませた空気の充満のさせ方が甘くて、わざと道を作っているかのように遠くへ伸びているんです」
その言葉に、全員が彼女の指差す方向を凝視した。
見た目には何の変哲も無い穏やかな海。道などというものはどこにも無い。
「れ、レッドさん、どうしますか？ 罠の可能性もありますし、その、システムエラーの可能性も捨てきれないです……けど……」
「そうね……」
進むべきか、進まざるべきか、腕を組むレッド。
リーダーとして、皆を危険な目にはできるだけ遭わせたくなかった。しかし、このまま留まっていれば、
決してこの空間からは抜け出せず、その間にカリスマンは計画を完遂してしまうだろう。
（行くしか……無いわね）
コクリと唾を飲み込み、レッドはメンバーに向き直った。
「残る敵は後３人。おそらくカリスマンは自分の計画のために動けないだろうし、タングス天王もラ・オーも、
あたし達が戦った限りでは、罠を張るような姑息な人間ではないはず。加えて牧村博士のシステムと、
それを使い続けてきたピンク。エラーは無いわ！ ピンクが見つけたこの道を進みます！」
「「「「了解！」」」」
彼女達はお互いに頷きあい、目の前の道を疾走していった。
所変わって迎賓室。
豪華な調度品が置かれ、優美な装飾が施された大広間の中心に、この場にそぐわない格好をした大男が、胡坐をかいて座っていた。
「『空想の海』……か。己の頭に描いた想像世界をコミックパワーに乗せて具象化し、
任意の対象範囲に居るもの全てを幻の中に……五感の全てを狂わせる幻影の迷宮に誘い込む……
相も変わらず見事な技のキレだな、千堂」
城の中を縦横無尽に蠢く高密度のコミックパワーと、さらにその中を突き進んでくるひとつの気配を悟り、
雄蔵はかすかに微笑った。
『責任を持って案内する』
城全体を迷宮と化した術者が残していった言葉に、嘘偽りが無かったからだ。
聞こえてくる。
懐かしい足音が……
己が止めねばならないと信じる足音が……
術者が用意しつつも巧妙に隠していた迷宮の出口を、自分の待ち人は、どうやら看破したらしい。
近づいてくる。
それは敵味方に分かれてしまった今となっても変わることの無い、
彼にとって最も愛しい者。
（しばらく見ない間に、あいつはどのくらい成長したのだろう）
期待……
（激しい戦いなのだ。体は……大丈夫なのか）
不安……
（何故にあのような甘い正義を信じるのだ！）
焦燥……
（今一度……遠きあの日に戻れるのだろうか……）
そしてかすかな希望……
ギィィィィ……
「むっ！」
全ての感情が頂点に達したとき、運命の扉へと手をかけた者がいた。
艶やかなる桃色の髪。
雪の如く白き戦装束。
それは男の妹……白銀の少女。
「！……お兄ちゃん……」
「来たか……」
目を見開く妹。
躊躇うことなく立ち上がり、構えを取る兄。
哀しき闘いが今、静かに幕を開けた。
一方……
幻の海を駆け抜けること数分、５人の戦士はピタリと足を止めた。
ぐるりと見渡せば、先程までの目の覚めるような蒼色は姿を消し、無骨な石造りの建造物が空を、
そして海であったはずの足元を覆い隠している。
「幻術の中を……抜けたのでしょうか……？」
「う〜ん……見慣れた石造りの建物だけど、あれだけ大掛かりなことをやられたあとだと、何とも言えないわね」
上空の方へ目をやったまま呟いたブラックに、レッドが応えた。
「それにしても、ここはなんだか不思議な造りをしてますよね」
興味深そうに周囲を眺めていたピンクがぽつりと言う。
確かに今彼女達が立っている場所は、突入当初の景色とは全く雰囲気が違っていた。
円形に空を切り取ったそこは、城内に作られた巨大な吹き抜け……という様子ではあるのだが、何かがおかしい。
そんな違和感を与えているのが、優に３メートルを越える傷だらけの石壁と、
その上に観客席の如く放射状に配された階段状の造形、そして、この場所の入り口と思われる2ヶ所に施されている雄々しい彫刻。
「あれ？ ここは……」
「なんや、まるで『コロシアム』みたいやなぁ」
はっと何かを思いついたようなレッドに向けて、『たぶん間違いないやろ』と肯定するかのようにイエローが頷く。
「こ……ころしちゃう！？ パンダ！ あんたいったい何する気なのよぅ！」
「ちゃうわ！」
バチコーンッ！
「コロシアム……現在は楕円形の競技場のことを指しますが、これは古代ローマの帝政時代において、
時の皇帝ヴェスパシアヌスが着工、以後三代・約十年をかけてローマ市に建設された大闘技場『コロッセウム』に基づく称です……
ちなみに、落成当初は皇家の名を取って『フラウィオスの円形闘技場』と呼ばれていたそうですが……
理解……していただけましたか？」
非常にビミョーな聞き間違いをして場の空気をぶち壊したグリーンにイエローが鋭くツッコミを入れ、
続いてブラックがどこか憐憫の情を催した瞳で語源を説明した。
「うっ、そ、そのくらい知ってたわよ！ え〜みちゃん様なのよ！ あたしは！！」
「人間……時には素直にならないと……いつか……破滅しますよ？ グリーン？」
「ムキ〜！！！ ムカつく！ ムカつく！ ちょ〜ムカつく〜！！ ブラック！ 帰ったら覚えてなさいよ〜！」
とりあえず“しおしおふみゅ〜ん”にはならなかったようだが、
正論というかむしろ極論を決してオブラートに包むことなく投げて寄越すブラックにタジタジのちゃん様グリーン。
ただし、プライドを保つために、しっかりと捨て台詞を残すことを忘れない。
普通ならば緊迫した精神状態でいなければならないはずのこの場所であっても、彼女達はとことんマイペースであった。
だが、ここは敵地。いつまでも御気楽極楽が許されることは無い。
「遂にここまで来たか、コミレンジャー……」
不意に、ある者独特の凛冽な空気が辺りに満ちる。
「総統陛下のみを狙うという策……発想としては上々だが、それを看過するほど俺は甘くは無い。俺との闘いを避けさせはせん！」
弾かれたように見上げれば、観客席とおぼしき部分の一角に、挑発的な笑みを浮かべる闇色の男が鎮座していた。
「あ〜っ！ あんたは！！ あんたは……えーっと……」
「ハ、『ハラジロシスターズ』将軍……タングス天王！！！」
言い淀んだグリーンの後を受け、ピンクが声高に呼ばわった。グリーンのほうはすかさず取り繕い
「そうそう♪ そのタンス天皇！」と叫んでみるのだが、ちゃん様らしく、見事なまでの天然ボケ。
「違うやろっ！」
スパーンと小気味の良い快音一発。本日累計三発目のハリセンが炸裂した。
「ちょっとぉっ！ ぼこぼこぼこぼこ叩くのやめなさいよ！ 馬鹿になったらどーすんのよー！！」
「それ以上落ちる頭もあらへんやろ。そんなもん杞憂っちゅうもんや」
「うぅぅ〜っ！ パンダッ！ コパンダッ！ マゴパンダァァッ！！」
「あ〜？ 聞こえへんなァ」
「き〜っ！！！！」
先程からの血も涙も無い処遇に、ちゃん様は完全におかんむりだ。
タングス天王はその様子をフンッと鼻で笑い飛ばし、ふわりと宙に舞い上がると、
まるで己の実力の欠片を見せ付けるかのように、無音で彼女達の眼前に降り立った。
見るものに体重を感じさせないその体捌きは、もはや見事としか言いようが無い。
続けて、シャリン……と、鋭い鞘走りの音。過去の直接対決において、
コミレンジャー達を敗北寸前に追い込んだ銀の剣が抜き放たれる。
並みの者なら失神しかねないほどのオーラを発しながら、彼は静かな口調で言った。
「この先を通りたければ、俺を倒してもらおうか……」
「……どうやら今回は、いきなり本気（マジ）モードみたいやな……前みたいに遊んではくれへんのか？」
イエローは軽く挑発してみるものの、タングス天王は反応を示さない。抜刀した瞬間から生じた、
氷雪嵐（ブリザード）を思わせるプレッシャーが、圧力を変えることなく叩きつけられるのみ。
メンバーの頬を、冷たい汗が伝った。ただ一人の例外を除いて。
（和樹……）
その例外。現メンバーの内で唯一タングス天王の素顔を知っているコミパレッドは、沈痛な面持ちで黒の将軍を眺めていた。
自分は何も知らない。あの日、仮面を外したままの彼は黙して語らず、ただ哀しい微笑を残しただけ。
事実を知っているであろう司令・澤田真紀子も、教授・牧村南も、詳しいことは何も話してくれなかった。
（あたしは、あの時の微笑の意味を知らなくちゃいけない。だって……紛いなりにも、あたしはアイツの恋人なんだもの）
汗ばむ手に、己の武器 ― ミズキャステッキ
― を握り締め、レッドは一歩、皆の前に進み出る。
「みんな……ここはあたしに任せてくれないかなぁ？」
「何言ってんのよ！ こんな奴みんなでコテンパンのケチョンケチョンに……ムグッ」
「あんたはちょっと黙っとり」
イエローは騒ぎ立てるグリーンを制し、「判った。うちらは先に行っとるで」とレッドに軽く微笑んでみせた。
ブラックは何も言わずに、ただコクリと頷き、ピンクは「あ、あの、頑張ってください」とエールを送る。
これではグリーンも納得するしかなかった。
「も〜っ、しょーがないわねぇ。仕方ないけど、見せ場は譲ったげる。ぱ〜っと片付けて、ちゃっちゃと追いかけてきなさいよ？」
「ありがとう」
レッドは自分の我がままを叶えてくれた仲間へ、最大級の感謝を込めた笑顔を送った。
「よっしゃ！ 行くで！！」
「れ、レッドさん、気を付けて！」
リーダーをその場に残し、４人はコロシアムのもう一つの入り口に向けて駆け出した。
自らの前に立ちはだかっている障害を、全く気にすることなく。
「むざむざ手をこまねいて見ているとでも思っているのか！！」
タングス天王は怒号と共に、彼女達へ剣戟を繰り出す。
ガキンッ！
「何っ！！」
だがそれは、相手に届くことなく止められていた。
目の前には己の一撃を受け止めた鈍く光る剣と、挑戦的な笑いを浮かべる紅の戦士。
「どういうつもりだ？」
「見て判らない？ あんたの相手は……あたし一人で十分ってことよ！！」
「ほぉ……勇ましいことだ」
「その減らず口、すぐに塞いであげる！」
レッドは全体重をかけて相手を押しやると、即座に踏み込んで一撃を見舞う。
タングス天王もややバランスを崩したものの、素早く体勢を立て直して剣を薙いだ。
二人はお互いの体の左側をすり抜けるような形で交錯する。
パァン！！！
レッドの左肩の部分に火花が散った。
「まだ、甘いな」
口元に嘲笑を浮かべた黒き剣士。しかしレッドは笑みを消すことをしなかった。それどころか、
さらに挑発するように自身の剣の切っ先をタングス天王に向ける。そして一言。
「そろそろ仮面なんか取ったら？ でないと周りが見辛くて闘い難いでしょ、和樹？」
「何をふざけた事を……」
ほざいている……タングス天王はそう言い切る事が出来なかった。突如視界が拓け、
足元でカラカラと金属の転がる音がしたのだから。後は下に目をやらずとも気付くことは出来た。
彼女はさっきの一撃で、仮面を断ち切っていたのだ。
「……ったく、避けたと思ったんだがなぁ」
「一度あんたと一騎打ちをやってからどれだけ時間があったと思ってるのよ。もう、あの時のあたしじゃないわ」
バツの悪そうな顔で頭を掻く和樹に、瑞希は意気揚々と応えた。
「なるほど」
和樹は一瞬だけ、いつも瑞希に見せているような顔をする。
「和樹……？」
「ふふふふふ……ふっふっふ……ハーッハッハッハ！！」
しかしすぐに将軍としてのそれに戻り、高らかに笑った。
「面白い、ならば手加減はしないぞ！！ 瑞希！！ いや、コミパレッド！！！」
「いいわ！ こっちも元からそのつもりよ！！ 和樹！！ いえ、タングス天王！！！」
瑞希はもう一度剣を握りなおし、中段に構える。
和樹はいつも通り両腕をだらりと下げた無造作な構えを取り、相手を見据えた。
「だが、俺を倒すなら急いだほうが良い」
「何ですって！？」
驚く瑞希に、和樹は揶揄するような表情を向ける。
「お前もここに来る前に幻覚を見ただろう？ 俺の奥義“空想の海”による幻覚を。
そして俺は、ここから先には出口を用意しなかった。これがどういうことか判るか！？
つまりは俺が倒れるか術を解くかをしなければ、あいつらは永遠に俺の創出した幻影宮を彷徨い続けるだけということだ！！！」
「くっ！！」
狂気に彩られた顔で和樹は左手を振るった。それに呼応するように体から、
自身を浮かび上がらせるほどのコミックパワーが溢れ出る。
「さぁ、始めようか、この三流戯曲の最終幕を！！ 変身！ 修羅場モォォォォド！！！」
光が弾けた。
爆発した力の奔流は、美しいヴェールとなって和樹の体を包み込み、大地に強大なる漆黒の悪魔を降臨させる。
すぐさま彼は空に身を躍らせると、大上段に剣を振りかぶり、コミックパワーを乗せた一撃を慣性の働くままに叩き付けた。
コロシアムの石畳が耐え切れずに砕け散り、その場には巨大なクレーターが出現する。
しかしそこには目標の姿は無い。
「避けた……上か！！」
空を仰ぐと、無数の光球を周囲に侍らせ、剣をラケットに切り替える瑞希。
「ウインディスマッシュ！！」
鋭く振り下ろされたラケットは大気を斬り裂き、光球が幾つか、すべて見当違いの方向に弾き出された。
「はずしたな！」
和樹は好機と見て、速攻で瑞希との間合いを詰めにかかる。だが
――
「引っかかったわね！！」
地面にバウンドした光球が方向を変え、一斉に和樹の背中を襲った。
炸裂の瞬間、太陽さながらの光が、あたりを白一色に染めあげる。
「あたしはテニスが得意だって忘れたの？ ツイスト、トップ、スライス、バック……
そうやってボールに強烈なスピンをかけることなんて朝飯前だわ！！」
「ちっ、あの時ナイトメアに向けて使ったテクニックか。
それにしても同時に打った球全てに違った変化を付けているなんて、恐れ入るぜ」
和樹はゆっくりと立ち上がると、未だ煙で燻り続けるマントを、おもむろに引きちぎった。そこへ瑞希が追い討ちをかける。
「いっけぇぇぇ！ 幻光拳『斬』の型奥義！！ 幻！ 光！ 討！ 斬！！」
彼女はラケットをもう一度剣に切り替えると、空中で回転を加えつつ、残っていた光球全てを剣身に集め、切り掛った。
「なめるな！！」
しかし、和樹はあわてることなく剣を下段に構えると、最初の一撃同様コミックパワーを乗せて、力任せに切り上げた。
ガガガンッ！！
「きゃああああ！！」
剣が交わった瞬間に発生した衝撃波が、瑞希を大きく跳ね上げる。
その高さが落下によって速さに変化し、猛烈な勢いで石畳に叩き付けられた彼女は激しく咳き込んだ。
「その技は通じない。俺が最初に使っていたことを忘れたか？」
「ぐ……ぅぅ……」
苦悶の表情を浮かべつつこちらを睨む瑞希に向け、和樹は構えを取ると、
「では俺の番だ。我が剣技『オフセット陰殺』をしかと見ろ！」
台詞が終わるか終わらないかのうちに一気に距離を詰める。
「オフセット陰殺……弧魔割（こまわり）！！」
優雅さと苛烈さを兼ね備えた連撃が襲い掛かった。
銀の牙は、じわじわと獲物を追い詰めるように、そして瑞希の読みをはずすように、
時に剣舞のように緩やかに美しく、時に照り返しでしか軌道が判らないほどの速さを持って飛び回る。
このままではまずい、避けるだけで手一杯だ……そう考えた瑞希は、痛みの走る体に鞭打って大きく後ろへ跳び、間合いを空けた。
だが、和樹は容赦をしない。無駄の無い動作で剣を左手に持ち替え、右掌を剣身に這わせると、
左半身を前に、まるで天秤を思わせるような構えを取る。
「オフセット陰殺……黄泉斬（よみきり）！！」
剣が払われた瞬間、轟！ と空間が震えた。
とっさに真横に転がる瑞希のすぐ傍を凄まじい波動が奔り抜け、石畳を、石壁を、そして観客席をも鮮やかに両断する。
まさに黄泉の国すら引き裂いてしまわんばかりの一撃！
驚愕で動けずにいる瑞希に対し、黒豹はさらに牙を剥く。
「オフセット陰殺……天豹（てんびょう）！！」
今度は跳躍によって獲物を射程に捕らえ、天空から連続で高速の突きを放った。
起き上がる暇を与えられなかった瑞希は、やはり転がることで回避を試みるが、それでもあまりの技の速さに、
何発かはまともに被弾した。
「フ……ダメージは最小限に抑えたか……」
「あ……くぅぅ……」
肩で息をしながら剣を支えにようやく身を起こした瑞希の目に、小さな輝きが飛び込んで来る。
太陽光を瞳に届けたのは、和樹の左手に付けられた銀色のブレスレット。以前見たことのあるそれは、一体何であったか……
そう……封環だ。
彼は自身の強大なコミックパワーを、あの腕輪で封じていたはずだ。
「なんで……なんで、まだそれを……」
「ん？」
一瞬、瑞希の言葉を計りかねた和樹だったが、彼女の視線を追うことで真意を理解する。そして不敵に微笑った。
「言葉を返すようだが、あれからどれだけ時間があったと思っている？ 修行がお前達の専売特許とでも思っていたのか？」
「な……！？」
要するに今までの動きは余力を残したままの本気。“封環をしたままの『修羅場モード』”は、
全く予想だにしていなかった“ジョーカー”だった。
完膚なきまでに叩きのめされた秋葉原での一戦を繰り返すまいと徹底的に訓練を受けた今となっても感じさせられる、
絶望的なまでの力の差。
ほぼ無傷のまま悠然と立ちはだかる相手を目にし、心が折れそうになる。
しかし、それを留めたのは意外にも和樹だった。
「どうした瑞希……お前の力はその程度か？」
ギリ……と奥歯が鳴った。
悔しい！ 負けられない！！ 負けたくない！！
傷は容赦なく体力を奪い、四肢はぎしぎしと軋む。それでも今一度心を奮い立たせ、「まだまだ」と瑞希は強引に笑みを作った。
「立ったか……」
「ええ、眠る時間にはまだ早いわ」
「ならば俺の技を防ぎきって見せろ！ お前の真の力を最後の一滴まで見せてみろ！ 行くぞ！！」
和樹が剣を高々と掲げる。その切っ先がスパークを始め、数秒とかからず光球が出現した。
数は瑞希と違ってたった一つ。しかしあまりにも巨大だ。
「受けてみよ！！ オフセット陰殺……投光（とうこう）！！」
剣が振り下ろされる。
低空を舞うそれは、石畳を弾き飛ばし、瑞希を襲う。足元が未だしっかりしない彼女に逃げる手段は無い。
「動けない……なら！」
いや、瑞希は逃げるという選択肢を考えていなかった。脚を開いて腰を落とし、迫り来る絶大な光をしっかりと見据える。
「ハァァァァァァァァ！」
そして気合一閃！
バシュッ！
疾風（かぜ）が舞った。
放たれた『力』は襲い来る光を両断し、コロシアムの中を駆け抜けて消える。
「幻光爪風（げんこうそうふ）……風斬りの太刀か」
頬に当てた指が鮮紅に染まったのを見て、和樹は小さく笑った。そして真剣な眼差しで瑞希に呼ばわる。
「瑞希。次の攻撃を耐え切るか受けきることが出来たら、俺は封環を外す。そのとき現れる人間が、
大志の野郎と闘う前に、お前が絶対に勝たなければならない相手だ……いいか？」
「和樹。あたしはどんなことがあろうと、退く気は無いわ。望むところよ」
瑞希はそれに応え、先程同様、居合いの構えで和樹を待つ。
「よし」
和樹はひとつ頷くと、同じように居合いの構えを取った。
二人はそのまま動かず、しばし静寂が辺りを包む。
そして ――
カラ……
どこかで瓦礫が崩れる音。
二人はカッと目を見開いた。
「幻光拳『斬』の型奥義！ 幻光爪風！！」
「オフセット陰殺……塞奴閃（そくどせん）！！」
勝負は一瞬。瑞希が放った真空波が、抜刀する寸前の和樹をまともに捉えた。
やった……彼女の表情に安堵が浮かぶが、それはすぐに凍りつく。和樹の姿が霧のように消えたのだ。
彼がいた場所の足元に不自然な亀裂だけを残して……
「遅い……」
突如、後ろで声がして、続けてカチンッと鍔鳴りの音がする。
後は自分に何が起こったかさえ判らなかった。何とか知覚したことは、全身が弾ける感覚と、景色がぐるりと回転したことだけ……
「塞奴閃……音速すら超える抜刀術だ。前に戦ったときは、一人あたり一撃か二撃の割合だったが、
全斬撃を一人で受けた気分はどうだ？」
そんな言葉が遠くで聞こえた気がした。
「ぐ……」
終われない、全てを知るまでは……もはやその意思だけが体を動かす。たとえ何度地を舐めさせられようと、
その気持ちだけは譲れない。脚に力を入れた……まだ動く。手にも力を入れる……こちらもまだ大丈夫だ。
残る意識をかき集め、瑞希はムクリと体を起こした。
「一人に手数を費やしたから……一発が浅いんじゃないの？ さぁ、受け切れはしなかったけど、
耐えては見せたわ。約束よ！ 封環を外して、私が勝たないといけない敵っていう奴を見せなさい！！」
「……お前は本当に強くなったよ……俺の予想を遥かに超えてな」
和樹は静かに呟くと、左手首に手を伸ばし、ブレスレットを滑らせた。
とたんに、以前とは比べ物にならないほどのプレッシャーを伴って光の濁流が現出し、景色の全てを染め上げる。
そんな中、おもむろに懐に手を伸ばす和樹。見ればそこには、瑞希がよく見慣れたものが握られていた。
「和樹……それ、コミレンブレス！」
間違えようが無い。少々型は古いが、それは明らかにコミレンブレス。
「そうだ。これは昔、南さんが俺のために作ってくれた一品だ。当時まだ未熟だった俺の具現力を制御するために……」
「何で……」
「聞いたことは無いか？ 伝説の戦士・コミパゼットの影にいた二人の戦士の話を」
それはいつの日だったか、ちらりと聞いたことがあった。その一人は、当時コミパブルーを名乗っていた牧村教授。
澤田司令とは最高のパートナーだったらしい。そしてもう一人。存在が噂されていたのみであり、
記録にはその名が残るだけの幻の戦士。
その名前は……
「コミパシャドウ……まさか！」
「多分その想像は間違ってない」
和樹は淡々と言ってのけ、ブレスレットをしていたのと同じ場所に、コミレンブレスをまきつける。
「お前が倒さねばならない相手。それはコミパシャドウという過去の咎人の亡霊だ！
お前は勝つことが出来るか！？ チェンジ！ コスプレーション！！」
あたりを埋め尽くしていた光はひとつの束と成り、和樹の下へ収束した。彼を覆っていた黒い鎧もまた光に変化し、
別の形となって主を包み込む。
「ドレスアップ！ コミパシャドウ！！」
そして漆黒の悪魔は、古の戦士へと姿を変えた。
彼の纏う戦闘服は、色こそ今まで同様黒だが、その風貌が見る者に与えるのは、闇ではなく光。
今ならば誰も疑いはすまい。彼は紛う事無き、コミパゼットの片腕であったのだと。
「永かった……再びこの格好に戻る時が……ようやく、巡ってきた……」
「どういう……こと……？」
「今は、これ以上伝えるべき言葉は無い」
和樹は瑞希の問いかけを無視し、右掌を彼女に向けた。
コミックパワーがそれに応えるようにして流れを形作る。
「きゃっ……こ、これは……」
瑞希は驚愕した。さっきまで自分を苦しめていた疲労感や傷の痛みが全て消えている。
また、あれほどボロボロにされ、直すには相当の具現力を割かねばならなかった自分のバトルスーツさえも、
きれいに修復されている。
あわてて和樹へ視線を戻すと、彼は白い歯を見せて笑った。
「これは強くなったお前に対する餞とでも思ってくれ。さて、もう一回行くぜ。まだ眠っている力も全部出さないと、
今度こそ瞬きする間にお前は終わるぞ」
コクリとひとつ頷き、瑞希は剣を今一度ラケットに変えると、両手を振って周囲に光球を現出させる。
彼女が最も得意とする技の準備はすぐに整った。
「和樹！ これは絶対にかわさせないっ！！ ウインディスマッシュ！！」
あっという間に全球が打ち込まれた。それぞれに絶妙な変化がかけられ、
和樹を捕獲するかのように全ての方向から流星雨の如く襲い掛かる。
加えて瑞希はダッシュで間合いを詰めていた。ラケットは既に剣へと戻している。
「いくわよっ！ 幻光拳『斬』の型奥義！！ 幻光破斬！！」
ウインディスマッシュと幻光破斬の二段攻撃。これで逃げ道は全て潰した。
どちらかを意識すれば、どちらかをまともに浴びねばならない。
だが、和樹は彼女の予想を大きく上回っていた。
「オフセット陰殺……塞奴閃」
流れるように納刀した後、静かに呟く。
ガンッという強い衝撃を両手に感じた瞬間、今しがた瑞希の目の前にいたはずの相手はずいぶんと遠くにいた。
周囲に、まるでボタン雪のような光の粒子を侍らせなら。
「う、うそ……抜刀する挙動が全然見えなかった……さっきは見えたはずなのに……こんな……こんな……」
全力で向かった自分が吹き飛ばされたこと、あれだけの光球を一瞬で叩き落したこと、
現実として受け入れるには到底難かった。信じられないという気持ちがゆるゆる恐怖に変わってゆく。
「それが限界か？ 本当にそう思っているのか？」
「あ……ああぁ……」
答えられない。何も考えられない。
和樹はひとつ溜め息をつくと、再び剣を抜き放つ。
「もし判らないというなら見せてやろう、限界という域に達した力というものを。
かつて幾人もの強敵をことごとく沈めてきた必殺技を！！」
戦意を喪失したままの瑞希を尻目に、和樹は高々と空に舞った。
その姿は突如、ブレたように10人に分かれ、全方位から瑞希に迫る。
『くらえっ！ 幻光拳『創』の型奥義！ 幻夢・紫華襲（げんむ・あんそろじー）！！！』
ザシュッ！ ザシュッ！！ ザシュゥゥゥゥゥッ！！！
「きゃあああああああ！！！！！」
ドサ……
倒れゆく瑞希の全身から火花が散り、先程と同じ状況が出来上がった。
唯一違っているのは、彼女の目が死んでいるということ……
（つ、強すぎる……やっぱり……あたしの力では……）
「……なにをしている……立て！！」
「え！？」
不意に声がかかった。恐る恐る見上げると、和樹が怒りの表情を前面に出して自分を睨みつけている。
「お前は、お前を信じて待っている仲間達を裏切るのか！？
由宇を、詠美を、彩ちゃんを、あさひちゃんを裏切るのか！？ それは罪だ！
信頼に唾吐くことは、何よりも許されざる大罪だ！！」
「和樹……」
「立つんだ瑞希！！ お前は一人孤独に闘ってきた訳じゃないだろうが！！
それに、ここで倒れたら、大志の野望は誰が食い止める！！」
「あ……」
体が内からざわざわと震えた。何か失っていたものを取り戻したような感覚は、
渇ききった喉を潤したときのように、全身に生気を伝えていく。
よろめく体。しかし彼女はもう一度、自分の意思で立ち上がった。消えてしまっていた瞳の炎を、さらに熱く燃え上がらせて。
「……そう……そうよ、あたしには……果たすべき使命が残ってる……そして、待っててくれる、仲間がいる！！」
そんな瑞希に、和樹は遠慮なく顔を綻ばせた。
「そうだよ。お前はこんな事くらいでへこたれる女じゃなかったよな……それに、俺なんかを倒せないようでは、
到底あいつに勝つことなんか……」
瑞希は目を見開く。和樹は時々こんな態度を取っていた。この闘いはもちろん、今までの戦いでも何度となく……
それらを今の台詞と合わせて導くことの出来る答え……それは……
「和樹……あんた、ひょっとして……？」
「さっきも言ったはずだ。『今は、これ以上伝えるべき言葉は無い』と！」
もう何も考えるな、とでも言いたげに、和樹は再び空に身をゆだねる。
「！……この動きは！！」
『当たりだ！ さぁ瑞希、お前の眠っている力を爆発させろ！！ そして俺を倒すんだ！！
さもなくば、お前を待つのは『消』と『滅』の二文字だけだ！！！』
重なって聞こえる声。既に周りは10人の和樹に囲まれている。
「そんな……いや……」
『お前に選択権などありはしない！ 今一度いくぞ！！ 幻光拳『創』の型奥義！！
幻夢・紫華襲！！！』
脅威の全方位攻撃が瑞希に降りかかった。
やられる訳にはいかないとは思う……でも、倒すか倒されるかの結果しか得られないということが、
瑞希には納得できない。和樹の求めるものにおぼろげながら気付いてしまった今となっては……
（力が欲しい……倒すのではなく、征するのでもなく、アイツを止めるための力が……力が！！！）
カッ！！
『な！？』
和樹に驚愕が走った。
突如として瑞希を中心に莫大なる光が立ち上る。
和樹が封環をはずした瞬間に匹敵するほどの光が。
『う……うわぁぁぁぁぁぁぁ！！』
このときに生まれた衝撃波は、和樹を簡単に弾き飛ばす。
石畳を転がり、和樹は呻いた。
「ぐっ……まさか俺の全力の攻撃を跳ね返す力を秘めていたとはな……ようやく……目覚めてくれたらしい……」
視界の端には、バトルスーツが変化し、己の力に戸惑いを見せる瑞希が映る。
「なんなの？ 力が溢れて来る……ひょっとして、これが牧村教授の言っていた……」
「そうだ。それこそ、隊長や南さんも操っていた、俺の“修羅場モード”と同様の力。
二人はこう呼んでいたよ……二枚目の衣装……“デュアル・ドレス”ってな……」
「“デュアル・ドレス”……」
瑞希は未だ信じられないように、輝きを残す己の姿を見た。
和樹はその様子を微笑ましく見つめながら目を閉じ「試させてくれ」と呟いた。
「え？ 今なんて？」
「試させてくれと言ったんだ。本物かどうかを……コミパゼットという希望を永遠に奪ってしまったこの忌まわしき技で……」
ブワッ……と彼の周りに風が舞った。
「なんで！？ もういいじゃない！ あたしは力に目覚めることが出来た！
あんたの攻撃を防ぐだけの物を得た！ それでもういいじゃない！！」
「良くはないさ……まだ俺は立っている……俺の使命は終わっていない……」
「どうして！？ どうしてあんたはそう……」
「もういい……もう何も言わないでくれ」
凄まじい量のコミックパワーが和樹の下に収束して、巨大な光の飛龍を形作る。
「これは……」
「俺の持つコミックパワー全てを注ぎ込んだ……お前はこいつを……どう捌く？」
和樹は大きく深呼吸し、次の瞬間、目を大きく見開いた。
「幻光拳『創』の型最終極技！！ 幻破・砕絞葬（げんは・さいこうそう）！！！！！」
空間が歪んだ。光は触れる全てのものを締め上げ、砕き、破壊する。
コミックパワーで出来たものを残らず葬り去り、全てを誰が何色にも染め抜いていない
“ピュア・コミックパワー”へと回帰させる和樹最大最強の大技。
光の竜はこの場に存在する全てを喰らった後、瑞希に向かい、その腭（あぎと）を大きく開いた。
（和樹……）
恐怖が無かった訳ではない。しかし瑞希には、この竜の咆哮が、どうしても慟哭に聞こえてならなかった。
他ならぬ、己の恋人の慟哭に。
（あたしに和樹の味わった苦しみを判ることは出来ないかもしれない。だけど、
今アイツにしてあげられることがひとつだけ……ある）
迫り来る竜に向け、瑞希はゆっくりと手を伸ばす。
「もう……いいんだよ……和樹……」
パァァァァ……ン
視界が白く染まった……
「コラ、和樹……いつまで寝てるつもりなのよ……早く目を覚ましなさいよっ！ バカ〜ッ！」
「……相変わらずだな……お前は……」
瑞希の腕の中で目を覚ました和樹は、涙でぐしゃぐしゃになった恋人の顔を見て「もう少し静かに起こせよ」と、
あきれたように呟いた。
普通ならここで「バカ」の一言でも飛んできそうなものだが、彼女は思いっきり首を縦に振っただけで、
後は黙って和樹の頭を抱きしめていた。
「すまなかったな……俺のわがままで……こんなことに巻き込んじまって……」
「ううん……あたしも……和樹が苦しんでるの……気付けなくてごめんなさい……」
「良いさ……敵味方になっちゃってたんだから……ありがと……な」
「和樹……」
後はごく自然に体が動いていた。
瑞希がうつむき加減で瞳を閉じ、和樹はその頬に手を伸ばす。
ピクンと体が僅かに震えたのを指先に感じた。
彼は身を起こすと、そのまま彼女の唇に……
「ムキーッ！ なにやってんのよ、あんた達！！！」
無粋な声に、甘い時間は終わりを迎えさせられた。
あわてて和樹を突き飛ばしてしまう瑞希。先程の格好のバランスの悪さも手伝ってか、
和樹は頭をしたたか地面へ打ち付けてしまい、思いっきり悶えた。
「え？ グリーン！？ みんなもどうして？」
「心配になって戻って来たんやけど……オジャマだったみたいやな♪」
未だおろおろしている瑞希に、由宇が意地悪げに言った。
「あ、あの……そ、そ、そういうことは……戦いが終わってからのほうが……」
こちらは顔を真っ赤に染めたあさひ。その後ろで同じく真っ赤になっている彩は、顔を手で覆い隠してはいるが、
指の隙間からバッチリ見ているというお約束をかましている。
「ち、ちょっと！ みんな、なに勘違いしてるのよ！！ こ、これはその……そういう意味じゃ……」
「ほ〜っ、じゃ、どんな意味か聞かせてくれへんか？ 瑞希っちゃん♪」
「は、はうぅ……」
瑞希ちゃんオーバーヒート。そもそも、この状況で繕うのはハッキリ言って無理である。
なにせ、メンバーの中には小悪魔も大悪魔も天然も存在しているのだから……あえて、誰が何とは言わないが……
「フッ……」
しばらく状況を傍観していた和樹だが、不意に声を出して笑った。
「和樹？」
訝しげに自分を覗き込む五人に、彼は立ち上がって告げる。
「こんな所でグズグズしてる場合じゃないだろ？ お前達のやるべき事は、まだ終わってないだろうが」
「あ、でもあんたは……」
それでも心配そうな瑞希に、彼は「俺のことは気にするな、大丈夫だから」と笑って見せた。
「さ、行けよ。時間がないんだろ？」
「……うん、判った。それじゃ、また後でね……」
「ああ、お前の飯を期待してるよ」
「あ……！ うんっ！」
とびっきりの笑顔を残し、瑞希は仲間と共に、最終決戦へ向けて駆けていった。
「やっと……終わったな……俺の役目……全部……」
カラン……
手の中の剣が滑り落ち、景色がスローモーションを見るかのように回転した。
「あー……今日って、すごくいい天気だったんだ……」
霞みがかる視界に、雲ひとつ無いであろう青空が飛び込んでくる。
なんだかふと、昔のことが思い出された。
「結局……隊長にも大志にも……何もしてやれなかったなぁ……」
道化を演じてきた自分のことばかりが過り、なんだか悲しくなってくる。
だがもう、どうでもよかった。歴史も運命もすでに、先程の闘いで敗北者となった自分の手からは離れているのだから。
「こんなこと思うと大志に悪いんだが……まぁ、恋人だからってことで許してもらっとくとするか……負けんなよ……瑞希……」
和樹は一言呟くと、近づいてきた眠りの海に、静かに身を任せた。
永き時を経て、哀しみの剣士はようやく、安息の時間を得ることが出来たのだ……
ついに強敵「タングス天王」との戦いに決着をつけたコミレンジャー
さあ行け！進め！！コミレンジャー！！希望の勝利は目の前だっ！！！
―第３３話 完 ―
あとがき
ども、あつやんです。
タイトルやら内容やらで既にお気づきでしょうが、
これはゴンジーさんが書かれた第３３話のボリュームアップ版とでも言うべきものです。
３３話のあとがきを読んだのちに、書いてみたいという欲望がふつふつと湧き上がってしまいまして、
昨年の名古屋遠征の際に、無謀にも会長に直訴しまして、許可を頂いた次第です。
こうして書かせていただく以上、前後の繋がりはもちろん、バトルシーンも
出来るだけ克明に、そして何より「原作に恥じないものを」というテーマを持ってやらせていただきました。
でもまだまだ描写力不足。特に瑞希たち５人の出てくるシーンでの展開の甘さが目立ちました。
しかしながら、今年の名古屋遠征にて、会長とこのＳＳについて味噌カツを食べつつ話を咲かせましたところ、
どうやら喜んでいただけたみたいでしたので、ほっと胸をなでおろしています。
会長、このたびは本当に失礼なことをしてしまい、すみませんでした。
さて、作中にいつくか出しました当て字（主に技の名前ですね）について補足などを。
まずは「塞奴閃」から。もちろん語源は「スピード線」。
技が“居合い抜き”なのは言葉のイメージからですね。
当て字に関しては、“希望を「ふさぐ」そして「じゆうをうばう」ための「きらめき」”という意味合いで。
次に、何でこの字をこう読むのと思われた方が多いかもしれない「幻夢・紫華襲」について。
実は当初“アンソロジー”の当て字は“闇独奏死”としようかと考えてたのですが、これだと某マンガのノリだなぁ……
と思ってしまったため、急遽取りやめたんです。
これより、最終的にアンソロジー（＝anthology）の日本語訳「詞華集」を語源としました。
あと、２６話を書いたころからずっと考えていた和樹の大技「幻破・砕絞葬」について。
これは“気に入らなかった自分の原稿を破って再び構想を練る”といった、ちと陶芸家じみた語源をでっち上げてみました。
この技は２８話で初出のつもりだったのですが、こっちが先に書けてしまったので……
詳しくはそっちで書かせていただきます。キーにしているものでもありますし。
ページを見つけ、なおかつ最後まで読んでくださった方、
相変わらずの拙い文章で申し訳ありません。
そして、本当にありがとうございました。
もしも気に入っていただけたのでしたら幸いです。
では、失礼します。
２００３ Aug. あつやん