同人戦隊コミレンジャー
〜 封じられた過去 光と闇の狭間で 〜
シメキリオトス城の一角にある、まるで古代ローマのコロシアムを思わせるような場所。
城の中心部にある吹き抜けを使って造られているその場所には天井が無く、
変わりに満月の浮かぶ雲ひとつ無い夜空が広がっている。
この限りなく闇に近い空間に、男が一人佇んでいた。
目を閉じたまま抜刀し、無雑作に構える黒衣の男。
一見スキだらけではあるが、実際はそんなものなど在りはしないことを場の空気が伝えている。
「……」
構えを崩すことなく彼は口の中で何事かを呟き、剣を手にしたその右腕を振った。
すると、何も無い目の前の空間にはゆっくりと何かが集まり、
やがてそれは赤い戦闘服を身に纏った戦士へと容を取っていく。
ざ……
疾風が馳せる。
実体化が終わった途端、コンマ一秒の間も置くことなく赤の戦士が地を蹴ったのだ。
それは完全に男の不意をついた動きだ。
しかし彼は動じなかった。落ち着いた動きで相手の攻撃を完全に見切り、受け流すと、
返す刀でカウンターの一撃を繰り出す。
戦士は何とかこれを防御したのだが、この剣撃に乗せられた勢いだけは殺すことが出来ず、
こめられた力の分だけ真後ろに吹き飛んだ。
ガンッという鈍い音と共に壁が崩れた。
瓦礫に埋もれた戦士はすばやく砂埃を振り払い、剣を支えに立ち上がる。
だが、戦士が身を起こしたときには、すでに男は目前にまで肉薄していた。
ガシンッ！
剣身が月光に照らされ、その軌跡が一瞬、地上に蒼く冴え渡る三日月を創り出す。そして続けざまに響く鋭い音。
やったか……？ 男は思う。しかし手に伝わってくる感触から、すぐに頭を振った。
事実、断たれているのは石壁のみ。
己が剣の目標としたものは、すでに男と大きく間合いを取り、こちらを見据えていた。
ゆったりと振り返り、構えを取り直す。
そしてひとつ、深い呼吸をした。
己の呼吸は乱れていない。むしろ相手のほうが幾分か乱れたか。
と……
タンッ！
小気味の良い音と共に、戦士の体が男の視界から消えた。
いや、そう見紛うほど速い。並みの者の目には絶対に捉えられまい。
しかし、男は剣の切っ先で、自らの足元から左耳の横にかけてゆったりと弧を描いた。
毒蛇が敵を狙いすまして鎌首を持ち上げる時のように。
そう、彼は確実に自らの獲物を瞳の中に放り込んでいたのだ。
襲い掛かるは紅蓮
待ち受けるは漆黒
そして交錯！！
ザシュゥゥゥッ！
互いを背にして、二人の動きが止まる。
そして数秒。赤の戦士は空気に溶け込むようにその場から霧消した。
「……ふぅ」
ようやく男は息をつき、剣を鞘へと収めた。
パンパンパンパンパン
「ブラボォォッ！ 同志よ、久々に良いものを見せてもらった！」
上から降ってきた声に、男は顔を上げ、あたりを凝視する。
そして天覧席となっている場所に、この時間には確実に熟睡していそうな人物が自分を見下ろしていることに気が付いた。
「……大志か。珍しいな、お前がこんな夜更けに歩き回っているなんて。一体どんな風の吹き回しだ？」
男……和樹は、普段であれば“総統陛下”と形容するその人物に、無遠慮に声をかける。
相手の男……大志はそれを聞いて、にぃっと笑みを強くした。
「いやなに、凄まじい撃剣の音に惹かれて来ただけのことだ。他意は無いさ」
「あちゃ、わりぃ。起こしちまったみたいだな」
「ふっ、我輩とお前の仲だ。そんな細かいことなど気にする必要もあるまい？」
「そう言ってもらうと気が紛れる」
大志は和樹の答えに満足げに頷くと、口端の笑みをそのままに、彼の元までふわりと飛び降りた。
「それで同志よ、ひとつ訊くが」
「ん？ どうした？」
「……今の勝負……勝ったのだろうな？」
「……ふふっ……さぁな？」
謙遜、落胆、嘲笑、あるいは……。そんな何ともつかない、ともすれば何とでも受け取れてしまう表情で、
和樹は体にまとわり付いたマントを払い除けた。
翻したマントの奥には一筋、真新しい一文字の斬撃痕。
和樹がコミックパワーを使って強化しているはずのブレスアーマーには、見事なまでに鋭利な傷跡がついていた。
「これ、お前ならどう見るよ」
逆に訊き返す。いつも不敵な顔を崩すことのない親友が、一瞬だけ眉をひそめたのを、彼は無性におかしく感じた。
「軟弱者め……ところで、軍議を明朝執り行うことは覚えているな？ 遅れるなよ」
彼の微笑がやや気に入らなかったのか、憮然とした表情で大志は告げる。
しかし告げられた親友は「俺は出ないよ」と首を振った。
表情から、この後の行動すべてを独断で決めてしまっていることを、容易に窺い知ることが出来た。
「またか……」
親友に向けていた表情を主君たるそれに戻し、大志は大きくため息をついた
「お前は最近、己の判断ひとつで動くことが多くなったな。今のような大事な時期に、またこれだ」
「悪いとは思っているよ。迷惑かけ続けているからな」
和樹はバツが悪そうに頭をかいた。だが、すぐに表情が引き締まる。
「わがままってのは判ってるんだが、俺達が今こんな状態だからこそ、やっておきたいことがあるんだ」
大志はただ「ほぅ」とだけ呟いた。
和樹が何を望んでいるか、もしかしたら彼は気づいていたのかもしれない。
だが、止めるようなことも、諌めるような言動も継がずにいる。
「じゃあ行って来る。だけど大志、これだけは言っておくぞ。勝利の美酒も、敗北の辛酸も、俺はお前と共に味わう…
…これからもずっと、例えどんなことがあろうともな」
「それは判りきっていることだ。お前が今も我が許に居るのがその証拠。納得するまで動いてきたら良い。
我が同志、魂の双子、タングステンの絆で結ばれし生涯最高の朋友よ」
「すまんな……」
黒き将軍は懐から取り出した仮面で自らの顔を覆うと、主に臣下の礼を示し、踵を返した。
「大志……あの日のことが無ければ、もしかしたら俺は……いや、今となってはどうでも良い事か」
背中越しにこう告げ、黒騎士は闇の中へ溶け込んでいく。
主たる男は、その背中を沈黙と共に見つめていた。
「おはよう、みんな。調子はどうかしら？」
某所にあるコミックＺ指令部。
部屋に飛び込むなり勢いよく言葉を放ったのは、言わずと知れたコミックＺ司令・澤田真紀子である。
最近はハラジロシスターズの動きも、彼らが追い詰められてきたせいか激しくなってきているため、
本職である雑誌編集の仕事と合わせ、現在最も多忙な人物だ。
「おはようございます、司令」
「おはようさん」
「おはようございます先輩。ご心配なく、みんな元気過ぎるくらいですよ」
だが、そんな素振りを微塵も見せない彼女に、作戦室はにわかに活気付いた。
「そう」
真紀子はその様子に軽く微笑み、部屋を見渡せる位置にある自らのデスクへ腰を下ろした。
バサリ、と彼女の手に持たれていた分厚い封筒が音を立てる。
「あの……それはどうされたんですか？」
その見慣れない紙束について、彩が遠慮がちに質問する。
というのも、敵やその他諸々についての資料ならばデータベースとして指令部にそろっているため、
誰かがこういったものを持ちこむケースというのは極めて稀なのだ。
「ああ、これね。実はチェックし切れなかった原稿なのよ」
彩の質問に、真紀子は苦笑いを浮かべた。
「昨日いろいろ考え事していたせいで、珍しく仕事を滞らせちゃったの。まぁ、残りはこれ一本だけだから、
司令としての公務に支障はきたさないわ」
「そうですか……」
「ごめんね、少し迷惑をかけるわ。」
「いいえ。最近の状況では……仕方……ないです。それに……今日の訓練主任は……牧村博士ですから…
…多分……問題ありません」
だから気にしないように、と彩は言った。
「あ、あまり気に病まれないでください。あ、あの、その……たまの休みと思っていただければ良いかと」
「そうですね。原稿チェックが終わったら、今日は休養なさったほうが良いと思います」
「同感やな。うちらがもっと強ぅならんといかんこの時期に、いつまでも司令に“おんぶに抱っこ”じゃいかんやろ？
まぁ、今日も指導者が牧やんに変わるだけやから、大きなことは言えんけど」
「そうそう、すぐに“いっきょとうせん”の実力を身につけてあげる。だるまの目なんか かんたんに入れてやるんだから！」
「詠美さん……“一挙当選(いっきょとうせん)”ではなく“一騎当千(いっきとうせん)”です……それに……“いっきょ…”なんて四字熟語は……ない……です」
「うっ……うるさいわね彩っ。そんなことわかってるわよぉ」
反応はそれぞれであったが、ほかのメンバーも心強い言葉を司令へ返す。
頼もしいわ……と、真紀子は笑った。
「それじゃあ南、今日のメニューは任せたわ。でも、こちらが一段落したら私もちゃんと顔を出すから」
「ええ、判りました」
南は頷くと、コミレンジャーの面々を引き連れて作戦室を後にした。
部屋に一人残る形になった真紀子は軽く目を伏せると、椅子に深く腰掛け、持ってきた封筒を裏返す。
「以前とは違って郵送っていう方法だけど、あなたが直接私に原稿を持ってくるなんて、本当に久しぶりね……」
そう、封筒の裏には住所も何も書かれておらず、ただ差出人の名前だけが綴ってあった。
彼女が……編集長・澤田真紀子がその才を見出して以来、時には誉め、時には叱り、
ずっと目を掛け続けてきた学生漫画家。彼女の叱咤激励に応え、
今や名実ともに人気漫画家の仲間入りを果たした人物……千堂和樹。
「私があなたの顔を見掛けなくなってから、もうどのくらい経つのかしら……和樹君」
原稿にチェックを入れ、それぞれのページについて良い点・悪い点・アドバイスを列挙して書き記しながら、
真紀子は物憂げに呟いた。
事実、彼女はある時を境に和樹とは出会っていない。それどころかコミックＺ編集部の関係者も、
彼とは会えないでいるらしい。このため最近はずっと、原稿とアドバイスのやり取りは瑞希を介して行っている。
真紀子自身、何とか和樹と話をしようと、締切日以外にも数え切れないほど彼に会いに行ってはいるのだが、
一人で行った時はもちろんのこと、瑞希の手引きがあった時でさえも、和樹に会うことは未だ叶っていないのだ。
「それにしても、こういう状態で高瀬さんに一握りの疑念も抱かせずに今まで過ごしてきたなんて…
…あなたは相当な役者でもあったみたいね」
ここに来て知った和樹の意外な面に多少ながら驚きつつ、真紀子は最後のページを手元に置いた。
傍らにあるレポート用紙には、すでに相当な量のアドバイスが書き込まれていた。
これを見ても、真紀子がどれだけ和樹に期待を寄せているかを窺い知ることが出来る。
しかし原稿を見終えた彼女の顔には、仕事を終えた安堵も、作家の成長を喜ぶ嬉しさも浮かんではいない。
ただ寂しさと後悔とを織り交ぜたような表情が浮かぶのみであった。
「和樹君……さっき皆にはああ言ったけど……私があなたから直接送られた原稿を敢えて
この場所に持ちこんだわけ、判ってもらえるかしら……」
原稿を収めなおした封筒に向け、真紀子は語る。
「あれは あくまでも事故に過ぎない……あなたが罪の意識を感じる必要なんて……無かったのよ……」
深いため息が吐かれた。あの日のことを思い出したとき、今でも彼女は思うのだ。
『あの時もう少しだけ、自分に力があったならば』と。
カサリ……
その時、不意に背後で小さな音がした。
「誰？」
思考の海に入り込みすぎていたことを自戒しながら、真紀子は司令としての顔に戻り、後ろを振り返る。
しかし、そこに立っていた人物の顔を見て、彼女は警戒の必要など無かったことを知った。
「引退してるとは言っても、こうも簡単に後ろを取らせるなんて……なんか、らしくないっすね……澤田さん」
「……久しぶり。でも、気づかなかった私も私だけど、知り合いに対して声もかけずに後ろに立っているなんていうのは失礼極まりないわよ」
真紀子は相好を崩し、少々あきれ気味の顔で訪問者を迎える。
「すみません。なんか声をかけづらかったもんですから」
「ま、済んだことはいいわ。それにしても良くセンサーに引っかからずこの場所まで来れたわね」
「はぁ……ま、これがオレの専売特許ですからね。あの部署にいて、こういう事できずに給料もらうのは詐欺っすから」
真紀子の顔見知りと見えるこの男は、軽く頭を掻きながらそう応えた。
「たしかに。あなたにこうした能力が無ければ、給料泥棒なんて言われても文句なんか言えないものね。ところで、今日はどうしたの？
上から私達の組織の内部調査依頼でもあったのかしら」
「いや、上も、ましてやオレの組織も関係ありません。飽く迄も個人的な用っす。今朝、たまたま見掛けたあなたの様子がおかしかったので気になって、学校サボって覗きに来たんですよ。様子を見る限りだと……あいつ絡み……ですか？」
「ええ、まぁね……」
真紀子は男から視線をはずし、再び机に戻した。
「……まったく、あいつといい、澤田さんといい、責任感じすぎなんですよ」
「否定はしないわ。でも、私は……あら？」
突然、真紀子の視線が一点に注がれる。
「……澤田さん？」
訝しげに問う男に、彼女は『これを見て頂戴』と、和樹の原稿が入った封筒の裏の中央あたりを示して見せた。
「！！……これは……」
その手元を覗き込んだ男は、そこに先程までは確かに無かったはずの数行の文章を見つけた。そこにはこう記されていた。
澤田司令へ
ご無沙汰しておりました。
今更と思われるかもしれませんが、久しぶりに会ってお話したく思います。
よろしければ本日正午に、先週整備されたばかりの臨海公園までご足労ください。
お待ちしています。
千堂和樹
「コミックパワーを使った隠し文字……術者の意図した人間が触れなければ見えることは無い…
…南が通信機を作ってくれる前に良く使っていた連絡方法ね。もっとも、実際は隠し文字を書いた紙にパワーをもう少し上乗せして、
鳩の姿にして送っていたのだけど……」
文章から目を外さずに、懐かしそうに真紀子が呟いた。
「あれ以来ずっと他人を介して渡していた原稿をあえて直接あなたに届けた意味は、これだったんっすね。
当然……行かれるつもりなのでしょう？」
「もちろんよ。私の見間違いでなければ、彼はきっとあの男だから……だから私は……」
「そうですか……そうでしょうね」
男はそれだけを口にすると、真紀子に深々と一礼して背を向けた。
「ふじ……いえ、マスターＦ」
「……なんでしょう」
「彼に会わなくても良いの？ かつて彼の直属の上司であり、友人の一人でもあったあなたも、彼に会うべきでないかと思うのだけれど」
「いえ、あいつが話したいのはおそらく例の出来事に関してでしょう。だったら澤田さんや牧村さんはともかく、
当時すでにあいつを 澤田さん、あなたに任せていたオレが出る幕ではないですよ」
「そう……」
「ですが伝えてください。オレの気持ちも、あなたがずっと抱えてきたものと同じであると……どうか、どうかもう一度……と」
男はそのまま押し黙ると、ゆっくりと扉の前まで歩を進める。だがドアを開け放った後、
彼はもう一度真紀子を振り返った。
「澤田さん、オレはあいつをあなたにお任せした時、あいつは影などではなく、あなたと肩を並べるほどの光になれると確信していたんだ。
どうか……あいつのこと、よろしくお願いします。例えどんな結果になろうとも……最後まで……」
「ええ、承知したわ」
「ありがとうございます。んじゃ次の講義には間に合いそうなので、オレはこれで……」
真紀子の応えに満足したか、男は小さな微笑を浮かべ、作戦室を後にした。
「ありがとう……今でも彼を気にかけてくれて」
男の背中に一言投げかけ、真紀子は内線をオペレーター室に繋いだ。
『にゃあ、どうされたんですか司令？』
ほどなく受話器の向こうから、コミックZ指令部の情報・コンピュータ管理のすべてを任されている少女の声が届く。
「千紗ちゃん、トレーニングルームの南に伝えてもらえるかしら。やっぱり今日は、皆に勧められた通り休暇を取ることにすると」
『了解しましたです』
「あ、あと外線に繋いで頂戴。発信するのはメモリ番号１０番。スクランブルをかけるのを忘れないようにね」
『はいですっ。すぐ繋ぎますので、そのままお待ちくださいです』
「お願いね」
千紗に用件を手短に伝えてしまうと、真紀子は先程の和樹の漫画に対するアドバイスを書き記したレポートをバッグに詰めつつ、
電子音が相手を呼び出してくれるのを待った。
「もしもし、私よ……お久しぶり……いえ、詳しい場所の確認をしたいだけよ……」
その頃……
「あ、あったんだな」
「こっちも見つけたでござるよ」
炎天下の中、他人が近寄りがたい雰囲気を醸し出しつつ、何かを拾い集める怪しい二人組がいた。
そう、この独特なしゃべりはハラジロシスターズの中でも異色のへっぽこ爆笑コンビとしてちょっとは名が知れている、
ナンダーナとゴッザールである。
「よしっ、これで頭数はそろったんだな」
「うむ、尊い労働でござったよ、ヤングメン」
「総統陛下が休暇をくれたのに、それでも働いてる僕達はえらいんだな。ねぇ、鶴彦君」
「ふふ、そうでござるな蔕麿君。さぁ、いよいよ拙者達のびっくりどっきり大作戦で皆をあっと言わせる時でござるよ」
会話から察するにどうやらこの二人、またも下らない作戦を立てているようである。しかしながら、
彼らの作戦が今まで成功を収めたことが一度としてあっただろうか…
…いや、無い（反語）。
加えて、普通の人間がやったなら“ナイスチョ○ラ（←出典：某ＣＭ）”に
見えるかもしれない今の行動も、こいつらがやると奇怪な行動にしか見えないところがまた哀しい。
まぁ、いくら拷問室送りを食らってもへこたれないこの精神には頭が下がる。
彼らを支えているものは一体何なのだろうか。ともかく彼らは燃えていた。
「これできっと、総統陛下も天王様も僕達を見直してくれるんだな」
「まちがいないでござる。きっと恩賞もたっぷりと出してくれるに違いないでござる」
不確かな甘い未来に、もはや末期ガン的な妄想に期待を馳せ、二人は向かい合う。
「さぁっ、そうと決まれば早速萌えパワーの充電なんだな」
「そうでござるな。我らの萌えパワーを極限まで高めて、必ずや成功を収めるでござる」
そしてガシッとお互いの右腕をクロスさせると、そばに建てておいたテント……彼らにとってのファンタスティックワールドへと入り込んでいった。
無論、周りの人間の目に、この中はストレンジワールドかデッドゾーンとしか映っていない。
そしてこういう奇妙な事をやっていると、当然ながら目聡く声をかけてくる方達がいる。
「おい！ お前達そんな所で何をやっている！」
帽子に光る桜の代紋。言わずと知れたポリスメンだ。
「なんなんだなっ！ 僕達の神聖な時間を邪魔しようなんて、ムカつくんだな！」
「そうでござる！ 常識知らずでござる！ 公僕はとっとと帰ったら良いでござるよ！」
さて、常識知らずは一体どちらであろう……それはもちろん言うまでもない。
制服姿がビシッと決まった警察のお兄さんは、ピクリと眉を吊り上げる。
「ここはテントを建てていい場所ではないっ！ それになんだ！ テント内のビデオテープの山とカメラはっ！
お前達の担いでいるその袋はっ！ 怪しい奴等め、交番でじっくり話を聞かせてもらうぞ！」
「「ひぃぃぃぃぃぃぃぃ！！！」」
哀れ二人はハモった悲鳴をあげながら、警官にしょっ引かれていった。
彼等の未来は暗い……
臨海公園に設置されている時計が正午を指した。
常時は時計を飾っているだけの無数のベルが鳴り響き、あたりに涼やかな音楽を響かせる。
見渡せば、切り揃えられた緑の芝生に豊富な樹木。
レンガの敷き詰められた遊歩道。鋼とコンクリートの樹海より切り離されたこの場所は、人々の憩いの場として最適であった。
その証拠に、平日であるにもかかわらず公園は大いに賑わっており、
周囲には散歩する老人や走り回る子供、弁当をつついているＯＬ風の女性などが見られる。遠くのほうでは、どうやら屋台も出ているようだ。
「良いところが出来たものね」
つい先日までは何も無いように思っていた場所へ何時の間にか現れていたこの風景に、真紀子は目を丸くした。
そして同時に、この日溜りは外と違ってゆっくりと時が流れているような感覚が肌に伝わって来る、ということも知覚する。
そういえばここ数日は仕事仕事でろくに休んで無かった、南やあの娘達には随分心配をかけていたかもしれない。
気付かないうちに肩に力が入り過ぎていたことを、真紀子は強く感じた。
指令部や出版社からは少し距離があるが、今日を機会に、休み時間はいつもここに来て気分転換を図ってみるのも良いかもしれない……そう思った。
「さすが、時間ぴったりですね」
不意に声がかけられる。随分と懐かしさが感じられたその声色に、真紀子は思わず笑みをもらした。
「あら、どうしたの？ さっき電話を入れた時に教えてくれた場所で待っていれば良かったのに」
「いえ、ちょっと説明が舌足らずだった気がしたので、近くまで出向いてみたんですよ。入れ違いにならなくて良かった」
彼女に近づいた青年もつられたように、屈託無く笑った。
「ふふっ。和樹君、別に私はそうなっても構わなかったわよ？ 歩いていたら無性にこの場所が気に入ってね、少し散策でもしたいって考えてたから」
「なんだ、そうだったんですか。じゃあ多少は遅れてもよかったのかな？」
和樹がおどけて見せる。しかし真紀子は『時間にルーズなのは、作家として致命的よ』と、それには取り合わなかった。
「編集長……久しぶりなのに容赦ありませんね……相変わらず厳しいですよ」
「あら、私は当然の心構えを伝えただけよ。そもそも、何事も厳しすぎるくらいの姿勢で臨まないと、良いものは出来ないのよ」
「心に留め置きます」
笑顔の中に真剣な眼差しを混ぜ、和樹は真紀子を見据えた。
「それで？ どうして今日は急に顔を合わせる気になったの？」
会話が一段落ついたところで、当初、和樹に会ったら訊こうとしていた問いを真紀子は口にする。
和樹は意図的に彼女に向けていた目線を切り、海の方へと向ける。
ややあって彼は肩越しに、慙愧の念がありありとにじみ出た声で、ポツリと伝えた。
「……座りませんか？ 初めに待ち合わせ場所ということにしていたベンチにでも……そこで、今日まで俺が取ってきた行動を、抱えてきた俺の気持ちを……包み隠すことなくすべて話しますから……隊長……」
「……隊長……か。あなたにそう呼ばれていた日が懐かしいわ……コミパシャドウ……敵にその存在すら掴ませず、諜報を主とする影の活動に徹し続けたあなたがいたからこそ、私と南は常勝無敗でいられたと思ってる……」
「……隊長……やっぱり俺を買いかぶり過ぎですよ……」
視線を戻さず、青年は呟いた。
焦点が合わぬままのその瞳には
そして青年を見つめる真紀子の瞳にも
運命が変わってしまったた日の光景が映っていた……
【続く】
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